115-1

少し、一人で歩きたくて、しいなと別れてフラノールの町を歩く。
もちろん、この時間に誰も外を歩いてなんていない。きっと、ロイドとコレットもとっくに宿に戻っていることだろう。
静かだ。とても静か。雪が音を吸い込んでしまって、わたし以外のだれもいなくなってしまったみたいに、とても静か。かろうじてついている街燈も、動かない雪だるまや雪像を照らしているだけ。
ひとりぼっちになってしまったみたいに、静か。

「ナギサ」

……こんなに静かな夜なのに。その冷たさに、考えることを全部押し込んで積もらせて隠してしまいたいくらいの夜なのに。
聞きたくて、聞きたくて、聞きたくない声が、わたしを呼ぶ。ちゃんと顔を上げれば、少し離れたところに、ぽつんと立って、わたしを待つその人がいる。

「……ミトスくん」

つい、さっき。アルテスタさんたちを攻撃して、いなくなってしまった彼が、そこにいた。
あのユグドラシルの姿ではなく、幼いミトスの姿で。ちょっと寒そうにも見える服のまま、彼は静かに立って、わたしを見ていた。
ちょっと、夢かな、なんて、思ったりしたけれど。わたしがゆっくりと近付けば、彼もこちらへと寄ってきてくれるから。相変わらず、わたしを見る目が変わらないから。だから、いろいろな言葉が出てきそうなのに、何も音にならなくて、ただ静かに二人で見つめあった。

「どうして、ここに、」
「……泣いてると思ったから」

なんとか絞り出した問いに、彼はただそれだけを答える。
泣いてないよ。泣けないよ。びっくりしすぎて、さっきから泣きたいのに全然泣けないんだ。
そう言ってやりたいけれど、約束したでしょ、なんて言われてしまえば、わたしはまた何も言えなくなる。ミトスとした「泣きたい時は一緒にいる」という約束の話を持ち出されて、改めてミトスがミトスくんだということを実感して。……みんなのことを傷付けていったのに、さっきは一度も目を合わせてくれなかったのに、そんなところは守ってくれるんだとか、いろんな気持ちがぐるぐるする。
ひどいな。ひどい。ああ、でも、わたし、今、やっぱり。

「あとは、ボクに言いたいことあるんでしょ。聞いてあげようと思って」

答えてもいいって思うことだけだけどね、とひねくれた笑みを浮かべる彼の表情は初めて見た。ジーニアスがよくするものではあるけれど、わたしの知っているミトスくんはそんな風に笑ったりしなかったから。
そうだよね。四千年もたてば、笑い方も変わるよね。今までミトスが見せてくれていた笑顔は、どこまで本当だったのかな。少しは、本当だったらいいな。

「……ど、うして……アルテスタさんの、ところに……」
「コレットの容態を見るためだよ」
「じゃあ、なんで、今になって……」
「コレットの病気が治ったから」

聞きたいこと、全部をそのまま聞くのは、なんだか怖い気持ちもあって。
それでも何かは聞きたくて絞り出した問いに、彼はそっけなく一言で返してくる。
それだけじゃないでしょ、と向けられる目は、きっとわたしの言いたいことなんてわかっているんだろう。わかってて、彼は、ここにいるのだろう。
ひどい。やっぱりひどいよ。

「……た、戦わないと、いけないの?」
「ダメだよ。だって、話してもロイドは納得してくれないでしょう?」
「……ミ、トスくん」

手を、伸ばしてみる。さっきは届かなかった手。
やっぱり彼は手を伸ばしてくれないから、その服に縋り付くくらいしかできないけれど。抱きしめることもできなくて、手を繋ぐこともできなくて。それが、何よりも答えだと理解しながら、わたしは何度も彼を呼んだ。

「ミトスくん……ミトスくん。ミトスくん……っ」

ああ、だめだ。
全然、泣けなかったのに、急に壊れたみたいに涙が出てくる。
そりゃそうか。だって、わたし、今、嬉しいって気持ちもあるんだもん。会いに来てくれて嬉しいって思ってる。ひどいなって思うのに、それでもこうやって話ができるというだけで嬉しくなって、びっくりして止まっていた涙だって溢れちゃう。
……きっと言ったらみんながうなずいてくれるからこそ言わないって決めた言葉を、彼になら言ってもいいかな。たくさん悩んでいるのにずっと胸に満ちている気持ちを、素直に言葉にしてもいいかな。今だけ。今だけ、彼の味方みたいなこと、わたしも言っていいかな。

「わ、たし……わたし、戦いたく、ない。ミトスくんと戦いたくなんかないよ……」

世界が好き。みんなが好き。ミトスくんが好き。
戦わないといけないことはわかってる。逃げるわけにはいかないこともわかってる。
でもわたし、やっぱりミトスくんと戦いたくなんてないよ。