「なんか懐かしいな、こうやってここで話すの」
さすがに九人全員がこの家に泊まるわけにはいかなかったから、一部の人はイセリアにあるコレットの家や学校の一室を貸してもらって泊まることになった。
ゆっくり休んで、また明日から、頑張らないといけない……そう頭ではわかっているのだけれど、どうにも落ち着かないというか、なんというか。なかなか寝付けなくてベランダに立っていると、ロイドがほら、とコーヒーを持って現れた。
ありがとうと受け取って、そういえばここに来たばかりの時も同じように一緒にここで話したなあと思って。懐かしくなっていたところに、ロイドも同じようなことを言うから。なんだかおかしくなってしまって笑ってしまった。
「そうだね。そもそも帰ってきたのが久しぶりだもんね」
「ああ。……はは。なんかさ、すっげー遠くまで、旅したんだよな、俺たち。シルヴァラント中をめぐって、救いの塔にたどり着いて。世界まで超えてさ。……コレットを追いかけた時は、こんなに長い旅になるなんて、思わなかった」
懐かしい。時間にすると、まだ数か月くらいで、一年も経っていないのに。世界再生のためにシルヴァラントを駆け巡ったのなんて、この中では短いうちだ。わたしがミトスくんとマーテルさんと過ごした時間や、イセリアで過ごした時間と比べたら、本当に一瞬。それでも懐かしいと思って、やけに色濃くて大変の連続だったなと目を細める。
村を追放されて、ディザイアンに追いかけ回されて、遺跡モードを初めて見て、天使に変わっていくコレットに歯がゆい思いをして、しいなに出会って、いろんなものを見て、感じて。彼は、クラトスさんに稽古もつけてもらって。たくさん、たくさん、走ってきた。
「クラトスは……なんなんだろうな。あいつ、コレットを助けたいなら、古代カーラーン大戦の資料をあされって、ユニコーンの言葉を思い出せって言ったんだ」
ぽつりと、クラトスさんのことを話題に上げた彼は、なんだか寂しそうに見える。
剣術の指南を受けて、師匠のように思っていたのかもしれない。反抗的な態度もよくとっていたけれど、少し年の離れたお兄さんみたいに懐いていたのは傍から見てもわかったし、いろいろと思うところもあるのだろう。
マグカップを手すりに置いて、はーっと深く息を吐くと、そのまま手すりにもれかかるように項垂れてしまった。
「あいつ、どうしていつも、俺たちのことを助けるようなことを言うんだろう」
「……ロイドは、クラトスさんのこと、嫌い?」
「どうだろうな。わかんねーよ」
ゆるりと首を振って体を起こすと、ずず、とコーヒーを啜る。
自分が好きなのか嫌いなのかももちろん、相手がこちらを好きなのか嫌いなのかも何もわかんねえ、と呟いて、でもさ、と彼は再び背筋を伸ばした。
「でもさ。俺、あいつにいなくなってほしいわけじゃないんだ。俺が嫌いな奴も、嫌なやつも、いてもいいと思う。みんなが仲良しになれなくても、ただ、そこにいることを認め合えたらって、思うんだ。あいつも……敵だとしても、そこにいていいって、思う」
難しいのかな、と語る彼の横顔は真剣だ。
全員が仲良くなることはできなくても、ただ、そこにあることを認め合えたらいい。みんなが胸を張って生きられたら、それだけでいい。
そう語る言葉はとても聞き覚えがあったけれど、どこまでもロイド自身の言葉だ。
そのことが少しだけ寂しくて、とても嬉しくって、わたしは飲もうとしたコーヒーの水面をふふ、と笑みで揺らした。
「……ふふ」
「どうしたんだよ、急に」
「ううん。……前に、ミトスくんともそんな話をしたの。みんながそこにいることを認め合えたらいいなって。みんなが自分らしくいられる世界になったらいいなって」
人は、どうしても受け入れられないものがある。
好悪なんて人それぞれだし、性格も何もかもが違う生き物が集まって、みんなが同じ趣味趣向になるはずがもない。だから、仲良くなれないことなんてあって当然だし、そんな世界平和なんてきっとありえない。
それでも、そこにいることを許しあえる、自分らしく生きることを認め合える世界は、きっと夢じゃない。それはわたしが変わっていく途中の世界を知っているからという経験からの理想論を使った励ましで、簡単なようで、叶うまでにとんでもなく時間のかかることだとわかっていたけれど……ならここに実現するよと、言った人がいた。
強くて、優しくて、まっすぐな目で。
わたしたちのそんな夢を叶える一歩を踏み出すと、ミトスくんは言った。
やがて勇者になる男の子が。何度もロイドが似ていると称された少年が。あの日に叶えると言ってくれた世界と同じものを、ロイドも思い描いている。
「同じようなことを言う人のお姉ちゃんになったんだなって。なんかおもしろくなっちゃった」
「俺はミトスくんじゃないぜ」
「知ってる。ロイドはロイドだもん。わたしの自慢の弟分」
くしゃくしゃと少し乱暴に頭を撫でて、ちょっと困った顔をしている彼の顔を覗き込んだ。
強くて、まっすぐな目をした、優しい子。似ているけれど、やっぱり全然違う。どちらかというと、クラトスさんの方が似てるかもしれない。
全然違う人だからこそ、同じような夢を見てくれるのが嬉しい。だって、二人もいるのなら、世界中にはもっともっと、こんな優しい気持ちに共感してくれる人がいるってことだ。
そして、その中で、自分から駆け回って行動しているロイドは、とってもとっても、すごい人だ。
「……いつも、お疲れ様」
「……あーあ! でも俺、あきらめたりしないぜ!」
少しだけ照れくさそうにはにかんだ後、彼はんん、と腕を伸ばして、ロイドの視線が再び夜空をとらえる。
よし、と頬を叩いて、彼はまた、いつものように力強く笑った。
「まだまだわけわかんねーことも多いし、コレットがあんなことになったの、もしかしたら、俺が作った、中途半端な要の紋のせいかもしれないとか、村のこととか、いろいろ……まだ、いろいろあるけどさ。こうやって頭撫でてくれる姉貴とか、みんながいるから。俺、あきらめないよ」
たくさん、たくさん、走ってきた。
でもまだ、ここは道の途中だ。ゴールじゃない。だから彼は止まらない。
……最後まで。絶対の絶対に、諦めない。
その姿は、わたしのことも奮い立たせてくれるような気がした。
「先生は厳しいこと言うけど、やっぱり心配してくれたし。プレセアも一生懸命に俺のこと慰めてくれたしさ。それに、ゼロスも心配してくれたんだぜ。あいつに聞いたら、たぶん違うっていうけど。俺がもう嫌になっちまうんじゃないかって。……確かに俺がしてしまったこと。俺のせいで死なせてしまった人がいること。ちゃんとわかってる。俺は忘れない。許されなくてもそれでいい。償うことはやめない。諦めない。ここまで選んできたことのためにも、立ち止まったりしない」
立ち止まりそうになっても、こうしてみんなが支えてくれるんだ。怖いものなんてないよと笑う彼の笑顔は、この家を出て旅に出る前と変わらない。大切な人たちに支えられながら健やかに育つ青年のそれだ。
けれど、あの時より大きく、力強く見えるのは、彼もまた成長したからだ。この旅で、わたしたちはいろんなことを経験した。間違えたこともたくさんあった。失敗したと落ち込んだこともあるし、理解してやれなかったと悔しがったこともある。この手から零れ落ちたものは数えきれない。
でも、だからこそ。逃げるわけにはいかない。ここで諦めてしまうわけにはいかない。ここまで選んできた自分の選択の結果を背負うことを、彼は理解している。
「それに、リーガルが言ってた。言葉には魔力があるって。こんなにみんなに応援されたんだから、諦めるもんか。俺は言うぜ。言葉にする。二つの世界も、コレットも救うって!」
そう宣言するロイドは、とてもまぶしく見えた。
ううん、ずっと。ずっと眩しかった。わたしよりも年下なのに、わたしよりもずっとずっと強くて、立派で、優しくて、まっすぐで。憧れたし、彼みたいになりたいって思ったこともたくさんあった。
「相変わらず、眩しいなあ」
「ん、なにが?」
ゆるりと首を振る。ロイドに憧れたけれど、わたしはロイドになれないことくらい、ちゃんとわかっている。
わたしにも、わたしが背負わないといけないことがあって、わたしにしかできない選択がある。……そうだよね、ミトスくん、マーテルさん。わたし、きっとまだ、君たちにできることがあるよね。
たとえば、諦めないこととか。君たちと夢見た世界のために、立ち止まらないこととか。今もまだ大いなる実りの中にいるらしいマーテルさんのためにできることはないか考えるのも大事だと思う。それからそれから、ミトスくんにそっくりなミトスのこととか。
……うん。わたし、やらないといけないことも、やりたいことも、たくさんある。笑ってほしい人も。大好きな人も、たくさんいる。わたしにできることなんて、本当に些細なことだとしても。わたしは、旅立ったあの日のわたしのために。これまで選んできたことのために。約束のために。逃げるわけにはいかない。
「わたしも、あきらめないよ。ここまで選んできたこと。全部なかったことになんてしない。ここまで来たら、最後まで走り抜けよう。全部全部、救いたいもの、ぜーんぶ! 救っちゃおう!」
「ああ!」
えい、えい、おー! なんて、ちょっと子供みたいな掛け声と共に、ロイドと一緒にこぶしを突き上げる。
きっと、わたしたちは世界を救う。コレットも救う。大切な人を、これ以上、失ったりしない。
……きっと、あなたにも会いに行くよ。マーテルさん。