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「……馬鹿にしてるわ! 自分で子供を捨てて、その記憶すら捨ててしまうなんて! 覚えていてすら……くれないなんて……」
「姉さん……泣かないで……」

家の前に立ち尽くして、両手で顔を覆っているリフィルさんは、間違いなく泣いているのだろう。その表情を弟以外に見せないのは、きっと彼女の必死の抵抗だった。自分たちを捨てたことすら忘れてしまった母のために泣きたくなんてないという小さな犯行だったのだろう。
でも、放ってはおけなくて。わたしはリフィルさんの表情は見ないように、そっと彼女の背中に寄り添う。抱きしめる、なんてほどのことはできないけれど、その背中をそっとさすってやるくらいはできるはずだから。

「……バージニアに、会ってしまったか」

心配そうに声をかけてきたのは、あの男の人だ。最初に、リフィルさんをバージニアさんと見間違えた、あの男の人。
彼が彼女に会うなと言ったのは、こうなることがわかっていたからなのだろうか。
まだ落ち着かない様子のリフィルさんの代わりに、ロイドが彼に問いかけた。

「……あの人は、どうしてここにいるんですか」
「数年前、ユミルの森で行き倒れている夫婦を見つけた。それがバージニアと夫のクロイツじゃった」

お父様だわ、とつぶやいたリフィルさんは、ちゃんと彼の話が耳に届いているのだろう。大泣きではなかったけれど、それでも落ち着いてきたらしい。
少しだけ顔を上げた彼女に安心して、わたしもリフィルさんから男の人へと視線を移す。

「クロイツは、メルトキオからエルフの村の調査に遣わされたらしい。バージニアと恋仲になってヘイムダールへ残ったようだが」
「……でも。村に住んでいたハーフエルフの一人が、父を兵士に売り渡そうとした。大きな騒ぎになったわ。エルフとハーフエルフの間で暴動が起きて……」
「騒ぎの原因であるバージニアたちは、追放されたそうじゃ。各地を転々としたが、しかしハーフエルフへの風当たりは強く……」
「ボクたち……捨てられちゃったんだね」

リフィルさんと男の人の話を聞きながら、ジーニアスがうつむく。そのままリフィルさんに抱きしめられて、彼は抵抗することなく姉に抱き着き返したけれど、二人の心が晴れないままなのは、よく考えなくてもわかった。
悲しそうに目を伏せる姉弟に、ここまで話してくれた男の人も、何か遠い思い出を探るように目を細める。

「そのようだな。クロイツも病にかかっていたのだろう。この村に来て、まもなく息を引き取った。バージニアがおかしくなったのは、その日からじゃよ」
「勝手だわ! 勝手に私たちを捨てて……勝手に忘れて……自分だけ、夢の世界に……行くなんて!」
「……それでもバージニアは、お前さんたち二人の行く末を気にしていたよ。伝説の地、シルヴァラントなら……ハーフエルフも差別されていまい……幸せになっていてほしいと……」
「……もうやめて!」

もう聞きたくない、とジーニアスを強く抱きしめるリフィルさんに、彼もこれ以上は言わない方がいいと判断したのだろう。
寂しそうに首を振ると、わたしとロイドに向き直って、自分の家はあちらだ、と指をさす。

「バージニアの日記を預かっている。もしも必要だとおもうなら……いつでも取りに来なさい」

母の真意はそこにあるから、とだけ告げて歩いていくその背中に、わたしたちは何も言う言葉が見つからなかった。