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少しして、二人が落ち着いた頃合いを見計らって、背中をさする。みんなと合流しようか、と明るく告げるつもりだったけれど、少しだけ赤くなった目をした彼女が「日記が見たい」と言ったのを聞いてやめた。
いろいろと、受け入れがたいことが続いているだろうに。それでも知ることをやめようとはしないあたりが、やっぱりリフィルさんで。うらやましいなって思うくらい、強くて。そんな彼女の覚悟を、ごまかすのも流すのもしたくないと、ロイドと顔を見あわせて家はあっちだ、と案内する。

そうして訪れた男の人の家で、彼は一冊のノートを机に置いて待っていた。
聞かずとも、それこそがバージニアさんの日記だとわかる。本当に来るかどうかなんてわからなかったのに、彼は、用意して待っていてくれたのだ。
リフィルさんはそのノートをじっと見て、手を伸ばそうとして。けれど、触れる直前でぐっと目を閉じると、未だ泣きそうに揺れる瞳でわたしを見た。

「……ごめんなさい。ナギサ、代わりに……読んでもらえるかしら。自分で読むのは……少し、勇気が足りないわ」
「……わかりました。じゃあ、聞いてくださいね」

知りたいと思う気持ちは本当でも、勇気が出ない、なんて気持ちはよくわかる気がして、わたしは素直にうなずく。
それからなるべく丁寧に日記を開いて……何かが滲んでいたのだろうか。少し紙がざらついているせいで自然と開かれたページに書かれていた日記を、声に出して読み上げる。

───異界の扉が開いた。リフィル、ジーニアス、力のない母を許してください。いかな王立研究院といえど、シルヴァラントにまで、お前たちを追いかけていきはしないでしょう。あの薄汚れた牢獄で……一生奴隷のように使われるぐらいなら……逃げ落ちて、自由に……

「これ、どういうことなんですか」
「リフィル。お前さんはよほど優秀だったのだろう。王立研究院では、お前の頭脳がほしくて仕方がなかったようだ」

読み上げた内容にロイドが疑問を零せば、男の人はまっすぐにリフィルさんを見た。
幼い頃からとても、とても優秀だったリフィルさん。その頭脳は有用なものだと判断されて、王立研究院は彼女を求めた。けれど、研究院に入ったハーフエルフが、地下に閉じ込められて研究以外を許されないことは、わたしたちも実際に見ているから知っている。当然、バージニアさんたちもそのことを知っていたのだろう。
そして……そうやって、地下に閉じ込められて娘が生きることを、彼らは望まなかった。何度追いかけられ、何度連れ去られそうになっても、その都度反抗しては逃げ出して、世界中をさまよっていた。

「それでどこにも定住できず、旅を続けていたというの……」
「結局異界の扉まで追い詰められ、お前たちを逃がしたらしいのう」
「……お母様……っ」

この世界にいても、自由はない。それなら、おとぎ話でもなんでもいいから、子供たちを助けてほしい。自由に生きられる世界に逃げてほしい。
……クロイツさんとバージニアさんは、その一心で、リフィルさんとジーニアスを異界の扉において行った。その判断は、きっと、とてもとても苦しいものだったのだろう。一緒にいたかっただろうに。手放すことを選べた二人は、本当に心から二人を愛していたのだ。
自然と開いたページがその時のことを綴った日なのは、だからなのだろう。これで本当に正しかったのかと、子供たちは無事なのかと、手放した後もずっと考えていたから、なのだ。
それほどに……それほどに、子供たちのことを思っていたのだと。そう書かれているのを見て、ジーニアスが涙を滲ませた。

「じゃあ……ボクたち、邪魔だから……嫌われてたから、捨てられたわけじゃ、ないんだね」
「ああ……そうじゃ、そうじゃとも……」
「……よかったね、姉さん」

ジーニアスだって、嬉しかっただろうに。はらはらと涙をこぼすリフィルさんに抱き着いて、そう優しく声をかける。
それからの旅路は、きっととても大変なものだったのだろう。それでも彼らは生きて、生きて、生きて……そして、わたしたちと出会ってくれた。彼らをうとんだ人もいただろうけれど、彼らは祝福されて生きていて、そして、生まれたことだって、ちゃんと祝福されていた。ちゃんと、両親に愛されていた。その事実が、きっと二人にとっては、一番嬉しいのだろう。

「……この日記は……」
「持って行きなさい。お前たちの母親のものなのだから」
「……はい」

顔を上げたリフィルさんに、日記を丁寧に渡す。
受け取ったそれを、ぎゅうと抱きしめたリフィルさんとジーニアスの姿に、わたしもロイドも、つられるように優しく微笑んだ。