「ほう……そなた、さては異世界の者じゃな」
その言葉にマクスウェルを見上げると、彼の視線は間違いなくわたしへと向けられている。
わたしを見てその言葉を言うということは、シルヴァラントとテセアラの違いの話ではないのだろう。このどちらの世界とも違う場所からやってきた人間なのだと、こうして指摘されるのは初めてで返事に困ってしまうと、代わりにしいなが問いかけた。
「わかるのかい? ナギサがシルヴァラントでもテセアラでもない、違う世界から来たって」
「わかるわい。昔ミトスに聞いた特徴とそっくりだからのぅ」
「ミトスくんに……?」
「やつはワシの契約者じゃ。精霊は契約者と共にある。だから事あるごとに奴が話していたのを聞いたよ。異世界の友人がいて、彼女はハーフエルフでも差別しなかった人間だ。だからハーフエルフを受け入れてくれる未来も実現するはずだ、と」
まあ、そんな未来はまだまだ遠いからとこの町を浮かせたのじゃがな、と懐かしそうに目を細めるマクスウェルは、そのミトスくんに聞いた話を思い出しているのだろう。
精霊が常に契約者の様子をうかがえるというのは初めて聞いたけれど、確かに契約を破ったかどうか知るためにも、精霊の方からコンタクトを取る方法があってもおかしくない。
そしてどうやら、マクスウェルと契約してこの町を浮かせたという初代町長はミトスくんのことらしい。彼は、本当に……本当に。世界中の精霊と契約して戦争を止めただけでなく、今苦しんでいる人たちの逃げ場も作るほどに、みんなが生きられる世界を目指していたのだ。
それを実感するたびに、胸の奥が重くなる。
それが叶わなかった現実のことも、今、それらすべてを見捨てて、ただ一人だけを追いかける姿も思い出してしまって。やっぱり、寂しい。
「なんだかナギサと同じだね」
そっと、コレットがわたしの手を取って、柔らかく握りこんでくる。
「離れてても。会えなくても。いつもお互いのことを考えてる。素敵だね」
そう言って、柔らかく笑うコレットに、わたしはじわりと胸が熱くなるのがわかった。
嬉しい、だけじゃない。ミトスくんに対して、それだけじゃない気持ちがこみあげてきたから、だ。
「……なんか、むかついてきちゃった」
「え?」
「そんなに思ってくれるなら……わたしのこと選んでくれてもいいのに」
そりゃあ、マーテルさんが大事なのはわかるけど。彼がそうする理由はわかるし、わたしだって同じ立場なら同じことをしただろうなって思うし、同意はできないけど理解はできるって思っているんだけど。
でも、でもさあ。そんな風に精霊が聞いたことあるって思ったり、伝承に残るような形でわたしのことを話すくらい、わたしのことが好きだって言うのなら……わたしのことを選んでくれてもいいじゃないかって、思ってしまう。
それに、アルテスタさんのところにいる時だって、あんなにわたしに懐いてくれていたのに。ナギサ、って嬉しそうに名前を呼んで、甘えてきてくれたりしたのに。そんなミトスのことだって大好きだったのに。
急にあれも全部ミトスくんの演技でしたって言ってさっさといなくなっちゃうって、どういうことだろう。そのくせ、救いの塔では見逃してくれるしフラノールまで来てくれたりするし、なんだかんだ優しくしてくれるのに、なんでこんなあっさりとわたしのことを選ぶのやめて、わたしの話なんて聞いてくれなくて、マーテルさんのことばっかり言うんだろう。
いいじゃん。わたしのこと、選んでくれたって。
マーテルさんのことを諦めろなんて言ってないのに。そもそもこんな世界の形じゃマーテルさんの願い通りとは思えないし、ちゃんと世界を元に戻して、マーテルさんもみんなも全部助けられる方法を探そうって言ってるのに聞いてくれないし。一方的にわたしのこと大事だって、それだけ言って、手を離すのって……どういうこと?
なんか急にむかついてきてしまって、動揺する。
イライラしながら動揺するってわけがわからないなと思うけれど、でもこれが今のわたしの気持ちだ。拗ねているのかもしれない。拗ねている事実に、びっくりしている。
むずむずと落ち着かなくなって体を揺らすと、ぶはっとゼロスくんが急に笑い出して、ばしばしとわたしの背中を叩いてきた。その顔はとても面白がっていて、またちょっと、拗ねてしまう。
「そうそう、その通り! さんざん自分のこと好き好きって言ってきたのに、いざとなったら自分を選ばせないとか、ひっでーやつだよなあ」
「確かに。そのような甲斐性なしの男ならば、腹を立てるのは当然のことだ」
「怒りましょう、ナギサさん」
リーガルさんまでのってきた、と思ったら、開いていたもう片方の手をプレセアちゃんが握ってきた。
彼女はまっすぐにわたしを見上げてきて、絶対にそうすべきだ、とばかりにはっきりとした声で訴えてくる。
「怒っていいのだと。無理に許さなくてもいいのだと。私はみなさんに言ってもらいました。……だから、たとえ上手に言葉がまとまらなくても、感情的になってしまっても。それだけ怒っているのだと、伝えてもいいのだと思います」
怒っていい。会いたいって、話をしたいって。それで……それで、わたしを選んでほしいって、怒っていい。
怒るのが下手くそでもなんでもいいから。自分の気持ちを、怒ってしまうほどに思っているということを、ちゃんと伝えないといけないと……みんなが、言ってくれる。
ずっと、ぐるぐると悩んでいて。どうしようって泣いていて。
全部手に入れたいのに全部手に入れられるわけがないってうつむいていたけれど。
それでもせめて、話がしたいって、なんとか足を踏み出していたけれど。
そんな、しっかりとした理由も言い訳も、いらないのかもしれない。話がしたいとかどうとかじゃなくて。一緒にいてって……怒ってしまえばいいという言葉は、何故だか今、すとんとわたしの胸の中に落ちてきた。
「……ロイド」
「ああ」
「喧嘩、できるかな」
思わずそう問いかければ、ロイドはきょと、とまばたきをして。
それから、すぐに力強く笑ってうなずいてくれた。
「しようぜ、喧嘩。それで、千年王国なんて馬鹿なこと言ってないで、自分の傍にいろって怒ってやろう」
怒るよりも、ちゃんと落ち着いて話す方がいいに決まっているとは思うけど。
でも、それくらいに心から思っているんだって……どういうつもりなんだって聞くのは、悪いことじゃないはず、だよね。
よく考えたら、もうわたしの方が年上ってわけじゃないし。我儘言っても、いいのかな。
わたしはぎゅっと、わたしの手を繋いでくれている二人の手を握り返して、顔を上げた。