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脱出も出来なければしばらくは警備の人も来ないみたいなので、わたしはただ、牢屋の壁にぴったりと背中を着けてぼうっとしていた。
いつもなら、もうちょっとこう、前向きに考えようとするんだけど。さすがに、ちょっと怒涛の展開すぎて余裕がない。何故か鞄、押収されなかったみたいで手元にあるけど、別に何か弄って時間潰せるわけでもないし。せいぜい抱きしめていると微妙に心が落ち着くな、と思うだけだ。

急に、前世だなんだと言われても、今はただの一般市民なのに。
別に、何もしていないのに。
はあ〜っと大きくため息を吐きながら寝転んで、鞄を抱えながら丸くなる。そうすれば、誰かが優しく背中を撫でてきてくれたことに気付いて、ちらりと視線を上に上げた。
心配そうに見下ろしているのは、わたしが起きるより前からこの牢屋に入れられていた、チトセちゃんという女の子だ。なんとなく、懐かしい気配のする子。彼女はわたしを元気づけるように、柔らかい口調で笑いかけた。

「大丈夫。アルカ教団に入信すれば、少なくとも兵力として扱われたりはしないわ。たくさんの転生者とも出会えるから、会いたい人がいるならきっと会える」
「……教団、かあ」

今、わたしたちの前に提示されているのは、そのアルカ教団というところに入信するか、わたしたちを捕らえた軍の人の言いなりになるか、どちらか、らしい。
普通に考えて、教団に入った方が安全だとは思う。でもどうしても宗教って言い方にいいイメージがなくて、足踏みしてしまう。
だってどんな神様を信仰してるのかわからないし、いかにも身の安全と引き換えに何かやらされそうな雰囲気があるし……チトセちゃんも「少なくとも」としか言ってないから、信じ切っていいのかわからない。別に、会いたい人がいるわけでもないし。

だからなんと答えたらいいのかわからなくて、ううんと曖昧に笑っていれば、この牢屋に新たな投獄者が現れたらしい。
たぶん、男の子と女の子。ぎゃいぎゃいと騒ぐのが聞こえてきて、なんだか元気だなあと苦笑した。
チトセちゃんも彼らが気になるのか、わたしから離れていったので、また目を閉じる。それでも聞こえてくる女の子の声に、元気だなぁ、なんて他人事のように思っていれば、今度は聞いたことのある気弱そうな声がわたしの上に落ちてきた。

「あのぅ……大丈夫?」
「ああ、平気だよ。具合悪いとかじゃないから……えっと、どうしたの?」
「えっと、あなたも転生者なんですか?」

話しかけられたので起き上がると、質問の主は前にコンウェイさんにぶつかった、あのルカという少年だった。
あ、と思ったけれど、相手はわたしのこと、認識してなかったと思うので言わないでおく。というか、彼の話をしたら恋しくて泣いちゃいそうだ。
それよりも、ここにいるってことは、この子も転生者ってやつなんだな、と思いながら、とりあえずうなずいてみせる。

「そうらしいね。イマイチよくわかってないけど」
「で、ですよね……本当に、急にいろんなことがあって、僕も……って、あれ? きみ、どこかで……?」

あれ、意外。認識してくれていたんだ。
なんだかそんなことが嬉しくて、わたしはちょっとだけ体の力が抜けたような気がして、ふにゃ、と笑う。

「あー、高価そうな本の人の近くにいたんだよ、わたし」
「……ああ、あの時の! 本、大丈夫だった?」
「特に気にしてなかったから、大丈夫だと思うよ。でも、その人に何にも言えずに連れて来られちゃったからなぁ……」

ああ、やっぱりちょっと泣きそうだ。待ち合わせ場所にいられなくてごめんなさい。コンウェイさんは今、どうしてるだろう。
パーダくんやチトセちゃんと話してだいぶ落ち着いつもりだけど、あの手放しの安心感は得られなかったあたり、事情を知ってくれている年上の人、というのがいたのは大きな支えになっていたらしい。
合流したいな。無理かな。脱走とか、できる気がしないしな。

「……ま、前向きに考えられるように頑張ってみるよ。ルカくんもそんな泣きべそかいてたらダメだよ。ここ、男女関係なく肉食系ばっかりみたいだから」
「え、ええぇ……」

ほれ、と彼の背後に目をやる。
そこではルカくんと一緒に投獄されたのであろう赤毛の少女が、スパーダくんとやけに楽しそうに話していた。
気が合うのかな。ここから見る限り楽しそうだし、ちらちらと感じるルカくんへ視線を向けては、なんというか……ガキ大将が二人も揃ったみたいな感じがするのは、まあ、意気投合しちゃったとか、そういう感じ、何だろう、たぶん。
何か身の危険を感じたのか、それとも何か別の意味があるのか。二人の様子をはらはらと様子を見ていたルカくんに気付いたらしいスパーダくんが、一人こちらへと歩いてきた。

「あん? お前らも仲良くなったのか?」
「仲良くというかなんというか……まあ、君達が楽しそうだから、フォロー?」
「イリアと、何を話してたの?」
「いや別に? ただ、これから仲良くしようって話してただけだぜ」
「で、でも……なんだか楽しそうだったんだけど……?」
「あ? なんだよ、それがどーかしたか?」
「……初対面なのに、あんなに楽しそうに話せるなんてなんだが、その……なんていうか……」
「一体何が言いてえんだよ、ハッキリしろよ、ああ?」
「イ……イリアと仲良くなって、どうする気なのかなぁって……」

意を決して答えたのだろうルカくんの返答に、わたしとスパーダくんはきょと、と目をしばたたかせる。
それから、ちょっと視線を合わせて。イリアちゃんという少女の方を見て。ルカくんに視線を戻して。はあはあなるほど、ふーんそっかそっか、とうなずき合ってから、ぽんと二人で彼の肩を叩いた。

「ははーん、なんだよお前、やきもちか?」
「ルカくんてば可愛いねぇ」
「そ……そんな! やきもちとかそういうんじゃなくて……」
「おいおい! 心配すんなよ! マジで挨拶しただけだって」
「ホントに?」
「ああ、これから三人と一人で仲良くやって行こうってさ」

三人と一人、ねぇ。
その言葉の意味に気付いてしまって、わたしはこっそり苦笑する。
ちゃんとわたしもカウントされてるのは嬉しいけど、つまりは三人でルカくんで遊ぼうってことだ。イリアちゃんもさっき彼と気が合っていたみたいだし、かなりガキ大将なのだろう。ルカくんみたいな純朴そうな子、からかって遊びたい年頃だったりするのかもしれない。
だが、そうと知らないルカくんは嬉しそうに笑う。

「ああ、良かった! 四人で仲良くやっていけるといいね!」
「ああ。三人と一人でな!」
「う……うん。三人と……うん?」

ああ、せめて一緒にいる間は、彼らがやりすぎて泣かせたりしないよう、ほどほどで止められるように見張っていよう。
そんな、今のわたしの心を落ち着かせるための言い訳、みたいなものを見つけて、ちょっとだけ胸の重みが取れた時。
今までびくりとも動かなかった扉が、勢いよく開け放たれた。