40-1

天上界に植えられた花の香りを楽しみながら、遥か階下の世界を臨む。
どこまでも広がる景色が、柔らかな風が、かぐわしい花の香りが、暖かな光が。どこかから聞こえてくる歌声が。そこに存在する何もかもが、どこまでも美しく輝く世界に、我はゆったりとほほ笑んだ。

「世界は美しいな。地上も天上界も、すべてが美しい」
「そうね。花はどこにでも咲いている。私は……地上の花も、天上の花も好きよ。もちろん、アスラさまが言ったからというだけではないわ」

艶やかな髪を靡かせ、花の女神は微笑む。
大切な友人。自分が少しだけ意地悪してしまうアスラにお熱な、奥ゆかしく可愛らしい女神。
彼女はそうっと手のひらに花をすくいあげて、その美しさに頬を綻ばせて。ここの花を少し、アスラ様にお持ちしてもいいかしら、なんてはにかむ。

「まったく、何でもかんでもアスラにつなげおって。……まあ良い。そういえば、地上では花が咲くことを祝う祭りもあるのじゃ」
「そうなの?」
「うむ。花見と言ってな、美しい花を愛でながら、酒やご馳走を食べるのじゃ。我も参加したが、他よりあまり神事らしくなくてのう。本来の目的を考えるとなんか違う気もするが、まあご飯は美味しいし、花は綺麗だし、すごく楽しかったぞ」
「あら、嬉しい。花が咲くことをそんなに喜んでくれるのね」

ふわりと花が綻ぶように笑顔が咲く。
それから彼女は再び階下へと視線を向け、ぽつぽつと呟いた。

「きっとアスラさまは天上界を統一なされるわ。そして地上と天上界は再びひとつになる。そうしたら、その花見というのをしましょう。きっと楽しいわ」

約束よ、と小指が差し出される。
もちろん、我もそれに自分の小指を絡めて笑った。

「いいぞ。我も楽しみにしている」

その約束は、ついぞ果たされなかった。
天は落ち、花の女神はもう自分の想い人しか見えなくなったから。
祭りの神も、もう、ただの人間になってしまったから。