6-1

「なんか見れば見るほど可愛くなってきたんだけど、これサル?」
「ネズミよネズミ! ……たぶん」
「コーダはコーダだぞ、しかしー!」

わたしはコーダ……という、イリアのペットというかツレというか、ネズミみたいな小さな生物を抱きながら、西の戦場行きの列車に揺られていた。
このコーダ、実はずっと一緒にいたらしいんだけど、全然気付かなかった。不安な時にぬいぐるみを抱きしめるような感覚で撫で繰り回すことで、目の前に差し迫る現実から一生懸命に目を背けようとするけれど、まあ、そんなのうまくいかない。

少し、離れた場所。めそめそと泣き続けるルカくんの声に、わたしも落ち着かなくなってくる。
一応、列車に乗った時はわりと落ち着いてきていたはずだが、ここにきてまたぶり返したらしい。気持ちはわかる。めちゃくちゃ泣きたい。

「うう……イヤだ……戦場なんてイヤだよォ……うっうっうっ」
「ルカのヤツせっかく励ましたのに、列車に乗ったらまたあれだ。いつまで続けるつもりだ、あれ?」
「あたしだってガラにもない言葉まで使って励ましたのにさ。まったくもう」

二人とも励ましてたんだ。
ちょっといっぱいいっぱいだったから知らなかったけど、ちゃんと彼のことを大事な仲間だと認識しているらしくてほっこりした。

「ミオはだいぶ落ち着いたのにな」
「全然まったく大丈夫じゃないんだけど、なんか、わたしの分も怖がってもらってるからね。ちょっと落ち着いてきた」
「ああ、それ同感。あたし、あいつのあれそろそろ慣れてきちゃったから、しばらくほっときましょ」

一人怯えてると、こっちの気持ちは楽になるからね、と軽く片付けられるのを見て、ものすごく申し訳なくなりながらもその通りだ、と思ってしまったので、んん、と黙る。
ごめんルカくん、悲しむ担当は君に任せるよ。本当にごめんね……

「にしてもよ。その細腕に二丁拳銃はたいしたもんだな」
「そう? 故郷のサニア村は周りに砂漠しかない、だだっぴろーい場所だからね。接近戦より銃のほうが便利なのよ。まあ土地柄ってヤツね。あんたの二刀流だって、昨日今日身につけたってわけじゃなさそうね。相当年季入ってる」
「まあな。なあなあ、二丁拳銃と二刀流、オレ達意外と気が合いそうじゃねぇ?」
「残念。それはないから! ないない!」

爆笑するイリアにスパーダくんはちぇっと唇を尖らせる。
ううん……ルカくんとスパーダくんの両方の心をゲットとは、やっぱり美少女というのは凄いなあ。
というか、なんか本当に、みんな戦えて当たり前……な世界なんだね。
今までのんびりと生きていたから、なんだか距離というか価値観の違いというか、とにかくそんなものがお腹の底を渦巻いて落ち着かないのだけど、こればかりは異世界ギャップということで受け入れるしかない。
むしろわたし、ここからどうやって生き残ろう。そっちの方が心配だ。

「んで、なんか聞きそびれてたけど、ミオは誰だったのよ」
「んあ? ああ……ウズメだよ。イナンナとはお茶会くらいしたことあったと思うんだけど」
「ウズメ? ってーと、アスラに対して小姑みたいだった奴か」
「その認識やめてよ。あれだよ、君達がルカくんに対して抱いてるのと同じようなからかいの念だよ」
「ああなるほど。つまり、あたし達の大先輩ってわけね」

確かに実際、夢の中でウズメはいつもアスラに対し小姑みたいな態度だったけど……嫌いだったわけじゃない、はず。
なんだろう。なんか、こう、ネットで知り合った人にオフ会でハンドルネーム名乗ってるみたいな感覚がする。

「スパーダくんはデュランダルの転生なんだよね? 無機物でも転生なんてするんだね」
「デュランダルをただの無機物だと思うなよ? バルカンが作った最高傑作。つーかだいたい、剣が喋る時点でただの無機物じゃねえよ」
「あー確かに」
「んでだ、ミオ。おめえ、なんかスパーダ“くん”とか呼んでるけど、なんかむず痒いから止めろよそれ」
「え? なんで」
「年上ならともかく、そう変わんねえだろ? なら呼び捨てでいーじゃねぇか」
「普通逆じゃない? まあいいや。んじゃあスパーダ、わたしはほとんど非戦闘員だから頑張って守ってよね」
「えっらそうだな、お前。確かにウズメの転生だわ」

じゃあルカくんのこともルカって呼ぼう。一人だけ呼び方が違うと気にしそうだし。
こうやって普通に会話できることに安心しながらうなずくと、二人はおかしそうに笑って。
それから少しだけ切なそうに、呟いた。

「しっかしアスラにデュランダル、イナンナにウズメ。こうも揃うと、さすがに運命みたいなのを感じちまうなぁ」
「そうねぇ。運命ってのを信じるのも悪くないかもね」

運命、か。
異世界に来て戦争に参加する運命だなんて、だいぶ嫌だな。