6-2

列車から降りた途端、イヤな匂いが鼻を刺激した。
たぶん、火薬と、腐敗臭と、血と鉄の匂い。どれも近いものは嗅いだことがあるから、なんとなくわかってしまって、自然と顔をしかめる。
遠くでは銃声や金属音がかすかに響いていて、本当に今、戦場にいるのだと嫌でも理化してしまって。収まっていたはずの震えが再び湧き上がってくる。
……こわい。いやだ。帰りたい。

「ほら貴様ら、さっさと降りんか!」
「なによエラそうに!」
「うっせーな、今降りてるとこだろうがよ!」

わたし達は小藻場で王都軍に引き渡しされるらしい。
やり取りする兵達を見て、恐怖でいよいよ歩けなくなっていると、背中をポンと二つの手に叩かれた。
直後、わたしの横を通り過ぎるイリアとスパーダ。
たぶん、今のは二人が背中を叩いてくれたと言うことで。……励まし、だったのかもしれない。
少なくとも、今わたしは一人じゃない。彼らがいる。だから大丈夫、大丈夫。わたしは自分にそう言い聞かせながらぐっと体に力を込めて、その後に続いた。

「よし、貴様らはこれから王都軍の一員として戦ってもらう! 気をつけ! これより貴様らには森へ進撃し、小賢しいガラム兵を殲滅してもらいたい。その前に戦況を説明しよう」
「あ、あのぅ……質問が……」
「質問を許した覚えなどないぞ! 礼儀をわきまえぬヒヨッコめ! だがまあいい、聞いてやる」
「あの……僕達……まだなんの訓練も受けていない素人なんですけど……」
「問題ない! 貴様らも転生者、常人を超越した能力を持つと聞いている。訓練など不要だ!」

ルカに対し高圧的なんだか信頼されてるんだかよくわからない、とりあえずなんかどっかの鬼軍曹みたいな態度の指揮官の話によると、敵だというガラム兵はゲリラ戦を展開しているのだとか。
固まって動くのも意味がないので、少人数のこの四人で動いて遭遇しだい問答無用で倒せというシンプルな作戦だ。
それに肩すかしを食らったらしく、スパーダが小さく舌打ちをする。

「なんだよ。大したことなさそーじゃん」
「貴様は有史以来最低の愚か者だ! 情報によると、ガラム軍に投入された傭兵団に転生者が交じっているらしい。その高々と伸びた鼻っ柱のまま戦地に臨めば、明日には戦死公報に名前が載るぞ!」
「なにが戦死公報よ……いいもん。こっそり逃げちゃおうっと」
「そこの女! 逃げようとしてもムダだぞ!」
「ど……どうしてよ!」
「戦場の周囲はグリゴリ兵に監視させ、貴様らの力を奪う結界もすでに設置済みだ。いいか! 敵前逃亡などクソ虫にも劣る下衆外道の所業! くれぐれも逃げようなどと思うな!」
「ない……わたし完全な治療要員……ほぼ非戦闘員……」

いや本当に……あの後列車の中で簡単な手ほどきを二人から受けたけれど、まじで治癒天術……転生者が使う魔法を、天術というらしい……しか使えなかった。
あとは体力増強ぐらいで、本当に完全な治療要員である。
まあ、前衛に出なくて済むからいいか、と無理やり前向きに考えて三人に続くと、ふと可愛らしい声に名前を呼ばれた。

「ルカくん! ミオ! 大丈夫? ケガはない?」
「あれ、チトセちゃん?」

駆け寄ってきたのは、あの牢屋にいたチトセちゃんだ。
確か教団に行ったはずなのに、どうしてここにいるのだろう。もしかして、教団も綺麗なこと言っていただけで、実際には戦地に飛ばすようなところなのだろうか。
わたしはそう不安になってしまうけれど、ルカくんはそれどころではないようだ。なるべくチトセちゃんに心配をかけさせないようにと思っているのだろう。なんとか笑顔を振り絞って、大丈夫だよ、と答えた。

「チトセさん……だ、大丈夫だよ! まだ戦闘もしてないし」
「そうなの……ああ、良かった無事で」
「あんた、どうしてここにいんのよ?」

至極当然の質問をイリアが投げかける。
が、チトセちゃんはイリアの存在を認めると、わたしやルカに向けていた笑顔をすっと引っ込めて、無表情のままついと視線をそらした。

「……さあ? あなたには関係ないと思うんだけど」
「「さあ?」ってなによ!なにあんた、すっとぼけてんのよ!」
「ええっと、チトセさんは教団に入信したんだよね?」

憤慨するイリアに、慌ててルカが割って入る。
すると、チトセちゃんはまた可愛らしく笑って話し出した。

「そうなの。それで教団の奉仕活動の一環として、ここで衛生兵を務めることになったの」
「へぇ、頑張ってるんだね」
「ふふふ。でも私も到着したばかりでまだまだこれからなの。でも……ルカくんの傍にいられるなんて嬉しい」
「だったら最初から奉仕活動だって言えばいいじゃない。なにが「さあ?」よ! あんた、ムカツク……モガモガ」

あからさまな態度の違いに、気に食わないと食ってかかろうとしたイリアの口をサッと塞いで、スパーダが彼女を二人から引き離した。
少し離れたところで、イリアがスパーダに怒鳴っているのが見える。

「なにすんのよ! あんたあの女の味方なの? あたしの敵? 敵なのね?」
「だ〜ッ! 黙ってろよ! ルカの野郎いい雰囲気だろ? そっとしとこうぜ」
「ふんだ……」

うーん、なんかこの構図、どっかで見たことがあるような気がする。
この修羅場と呼ぶに相応しい女の戦い。
漫画とかドラマだっけ? いや違うような……なんだっけ。違う。もっとこう、間近で見た。

「でもあなたならどんな戦場でも大丈夫。だって、あなたは強いんですもの」
……少しでも長くアスラ様を見つめていられれば、それでいい
「……あ」

もしかして、と、ウズメの夢の中でよく見る、一人の少女を思い浮かべた。
ウズメの友人で、香しい花の女神……サクヤ。
アスラを想っていて、確か何度かイナンナと修羅場ってたのを見てからかった記憶がある。
もしかしてチトセちゃんって……と考えていると、ルカがもじもじとイリア達を気にし出した。

「それじゃ僕達、そろそろ行かないと……」
「そうね……ねえルカくん。私ここにいるから、ケガをしたらいつでも来てちょうだいね。約束よ。またね、ルカくん」

それからわたしに笑いかけて、チトセちゃんは野営地へと戻っていった。
いいなあ。わたしも野営地勤務でいいと思うんだけどなあ。

「あ〜ッ! ヤなカンジ〜!! あっかんべ〜っだ!!」
「コーダもあっかんべーするのだ。しかし」
「なあルカ。あの子、お前の前世がアスラって知ってんのか?」
「ん〜言った覚えはないけど、でも知ってたみたいだね。どうしてだろ……」
「そんなのどうでもいいでしょ! さあ行こう! あ〜もう! けったくそ悪い! 怪我したってミオがいるから来ないわよ!」
「えっ急にこっちにふる?」

ドカドカとがに股で歩いていくイリアを見て、わたし達は肩をすくめる。
それから意を決して、後へと続いた。