10-1

愛らしい声で歌っていた小鳥が羽ばたいていく音を聞きながら、地上を臨む場所に立って、長い髪を風に遊ばせる。
まだ耳に残るあの歌声が奏でた旋律を小さく口ずさんで、くるりとその場で回ってみる。しゃらりと鳴る装飾の音。服を膨らませる風。あたたかな陽光に、この場所から見える地上から感じる、優しい気配。
この場所が好きだった。
いろんなものが、すぐそばにある気がしたから。
楽器の音も、祈りの声も、賑やかな人々がいなくても、静かに願う声が届く気がして、好きだった。

「やっぱり、ここにいらした」

聞こえてきた声は、凛とした女性の美しい声だった。
視線だけをちらりと向ければ、そこには予想通り赤く美しい髪をたたえた女性が立っている。白いドレスがすらりとした体躯を際だたせており、まさしく女神と呼ぶに相応しい女性だ。
我は彼女を見るとふっと表情を弛め、ひらりと着物の袖を持ち上げた。

「イナンナか。どうした? ここにアスラは居らぬよ」
「逆ですわ。アスラが貴女を探してらしたから、私が探しに来ましたの」
「ほう、アスラが。ではイナンナ、お茶にでも付き合ってはくれぬか?」

にっこりと笑えば、イナンナはぱちりと目を瞬かせる。
当然だ。用事があって探しにきたのに、それを無視してお茶に誘っているのだから。
なんだったら酒でもいいぞと続けて言えば、イナンナははあとため息を吐いて隣に近寄ってくる。なんだかんだと融通の利くところが可愛らしくて、我はささっとお茶の用意を始めた。

「そうやって妥協してくる辺りはまだまだ可愛いのう」
「貴女からすればみんな可愛い子供だわ。……もう、いつもこうなるんだから」
「アスラなど待たせるだけ待たせてやればいい。そもそも我に何のようじゃ」
「さあ? どうせなら私に全て頼ってほしい……そう願ってしまいたいのだけど」
「本当にお熱よのう。なんだってそんなにもてるのやら……」
「教えないわ。貴女が恋敵になっては太刀打ち出来なそうだもの」

ふふ、とイナンナは優雅に笑う。
イナンナもサクヤもヴリトラも、果てやラティオのオリフィエルも最近はアスラを一目置いているらしいと聞いた。
何だってみんなこうも彼を気にするのだろうか。面白くないと頬を膨らませると、いつだって相手は「貴女もアスラに期待しているくせに」と返してくる。
図星だから何も言えない。これだから女神というのはやりにくいのだと肩をすくめると、彼女はゆったりと、先ほどまで我が見ていた景色へと目を向けた。

「ここは、とても綺麗ですわね。……ずっと、このままならいいのに」

どこか憂うような呟きに、少しだけ首を傾げて。
確かに不変は安寧じゃの、答えれば、彼女は寂しそうに微笑んだ。