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ナーオスという町は、レグヌムと違って白を基調とした建物が立ち並んでいて、聖都と呼ぶに相応しい清楚な印象を受ける場所だった。
ようやっと訪れた目的地ではあるけれど、肝心の転生者……聖女と呼ばれる人の居場所は、もちろん誰もわかっていなくて。辺りで聞き込みをしようと言ってから、一時間後の集合場所。
わたしたちは向き合って情報を交換してみるけれど、どうやら目的の聖女様は異能者捕縛適用法ですでに連れていかれた後だとか、彼女がいたであろう大聖堂も何故か派手に壊れているらしいとか、肝心の情報を得ることはできなかった。

「なかなかこれっていう情報は見つからなかったんだね」」
「あ、なんか、近くにある憂いの森には入ってはいけないよ、そこは魔界の入り口だからね〜とは言われた」
「うーん、そこに連れていかれた……はちょっと考えにくいか」
「聖女もいないし、大聖堂も見事に壊されてたしなぁ」
「まだまだ全部回ってないでしょ? 次行くわよ次!」

沈みがちになる空気の中、イリアはそう明るく言い放つ。
確かに、街の全部を回ったわけじゃない。大聖堂の教団の人にも会えたわけじゃないんだから、まだまだ情報源が断たれたわけじゃないんだから、まだ落ち込むのは早いだろう。
こういうときこそ楽観的に、前向きに。最近はちょっと、いろいろとキャパオーバーでそんな余裕なかったけれど、やっぱり何事も前向きに考えないとやってられないもんね。
わたしもそうだねと頷いて、もう一度今度は全員で探索しようとした時だ。

「失礼ですが……もしや、スパーダお坊ちゃまではございませんか?」
「え?」
「は?」
「お坊ちゃま?」

急にそう声がかかって、わたし達は一斉に振り返る。
話しかけてきたのはメガネをかけた年配の男性だ。結構年齢が高そうだけど、背筋がぴんと伸びているからか、礼儀正しく年若い印象も受ける。
誰だろう、と首を傾げると、隣にいたスパーダだけは驚いたと声をあげた。

「ハ……ハルトマン!?」
「左様でございます! ベルフォルマ家にお仕えさせていただいておりました、ハルトマンめでございます。御記憶に留めいただき、光栄の極みでございますなぁ」

どうやらこのハルトマンとかいう方はスパーダの知り合いらしい。
しかし、お坊ちゃま……普段の態度から失念してたけど、そういえば憲兵に捕まった時にスパーダはいいとこ出身なのにとか言われてた気がする。使用人の人がいっぱいいるようなところが実家なのだろうか。
家の名前を聞いたところでわたしにはわからないけれど、本当にお坊ちゃまなんて呼ばれるもんなんだなあ、と感心していると、スパーダは歯切れ悪くハルトマンさんに言葉をかける。

「あ……あの……ハルトマン? 立ち話もなんだから……そのぅ……」
「お坊ちゃまって、スパーダのこと? じゃあもしかしてあんたもボンボンだったの!?」
「あんたも?」
「ルカもいいとこのボンボンなの!」

はあ、そうなんだ。
確かにルカがお坊ちゃまってのはなんか似合うかも。

「うおっほん! どちらのご出身か存じませんが、ベルフォルマの名を知らぬとはなんと嘆かわしい! ベルフォルマ家と言えば王都の楯となる騎士団の団長を幾度と無く輩出した、武門の名家ですぞ」
「あ……やっぱりそうだったの? どうりで聞き覚えあると思った」
「知らなくて悪かったわね。どうせあたしはド辺境の生まれよっ! ミオはなんで驚かないのよ」
「憲兵がそれっぽいこと言ってたから、そっかーって。言わなかったらわたしもイリアと同じ反応してたから安心して」

失礼だとは思うけど、ちょっと彼、貴族とかお坊ちゃまとかいう単語は似合わないから気持ちはわかる。
でも、その態度はハルトマンさんにはよく映らなかったのだろう。彼はイリアとわたしを交互に見て、わざとらしく咳払いをする。
まあ、自分の主人の事をちゃんと知ってたのルカだけだしね。常識知らずと思われても仕方ない。実際知らないので。

「スパーダさま。じいはいつも申し上げたはず。付き合う相手は選びなさいと。使用人を置くなら、もう少し常識をわきまえた方を選ぶべきですな」
「使用人になった覚えないけど」
「こう見えてもあたしだって一応村長の娘なんだから!」
「ほう? 村長の娘ですか。ならば使用人に丁度良いかもしれませんな。ベルフォルマ家でぜひ行儀見習いなさいませ。その粗暴な物言いもいくらかマシになろうというものです」
「んぎぃい! ムカツクわね!」
「まあ、イリアは確かにもう少しくらい口の悪さ直した方がいいかもだけど……」
「ちょっと、ミオ!」
「あはは、冗談だよ」

もう! と睨んでくるイリアにとりあえず笑顔を返す。
世間一般にはハルトマンさんの意見の方が多いだろうなあと思ってやんわりと収めようとしたけれど、余計な一言を言ってしまったかもしれない。
また眉をひそめたハルトマンさんに、だが彼が何かを言う前に、スパーダが凛と声を張った。

「失礼だぞハルトマン! この三人は私の友人だ!」

いつもと違って、なんだか威厳を感じるような声に、反射的に口を噤む。
ハルトマンさんもそうなのだろう。きっと言いたかっただろう言葉をすべて呑み込んで、代わりに優雅に腰を折って頭を下げた。

「はっ! お坊ちゃまの御友人とは……これはこれは失礼いたしました」
「私達は長旅で疲れている。宿まで案内せよ。安宿で構わん」
「ならばじいの家でよろしゅうございますか? あばら家でございますが……」
「ああいいだろう。くれぐれも、この三人に失礼のないようにな」
「かしこまりました。お坊ちゃまの御友人とはつゆ知らず、大変失礼いたしました。あちらに私の家がございます。じいは先に家の片付けをしてまいります。では、失礼いたします」

とんとんと進んでいく一連の流れにぽかんとする。
……本当にお坊ちゃまと老執事って感じだ。ちょっとかっこいい。
特にルカは驚くどころか少しからかうようにスパーダを見ているし、こっちではこんなのが当たり前に存在するのだろう。
異世界、すごいな。