11-2

「ええっと……こいつはルカ。んで、このウルサいのがイリア。それとミオに、ちっこいのはコーダだ」
「ルカ・ミルダです。お世話になります」
「はて、ミルダ様と仰いましたか……もしや、ミルダ商会のお家筋の方ですか?」
「はい。父が会長を……」
「それはそれは……ミルダ商会様とベルフォルマ家は長年深くお付き合いさせていただいております。今後ともお坊ちゃまをよろしくお願い致します」

ハルトマンさんの家に着いて、まず一番にするのは挨拶と自己紹介だ。
どうやらルカもいいとこの子供ってのは本当らしく、さらにスパーダの家とも一応繋がりがあったと互いに驚きながらも和やかに談笑している。
ハルトマンさんも礼儀正しいルカは気に入ったらしく、穏やかな物腰で対応している……まあここまでは騒動通りだ。ルカはいかにも育ちが良さそうだし、礼儀正しく良い子だ。
問題はここからである。さっき思い切り悪印象を持たせてしまったイリアと本気でこの世界の礼儀を知らないわたし。機嫌を損ねないかものすごく心配な我らである。
わたしたちはちらりと、とりあえずルカの真似っぽくすればいいだろうとアイコンタクトを送りあって、それからちょっとおすまし顔で笑顔を作った。

「えーっと、あたしはイリア。イリア・アニーミよ」
「コーダはコーダだ。よろしくなじじい」
「ふむ。やはり礼儀には欠けますが、まあ良しと致しましょう」
「浅神深魚です。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。わたくし、ベルフォルマ家で執事をさせていただいておりました、ハルトマンと……」

ぐー。
誰かのお腹で鳴った音が、ハルトマンさんの声を遮った。

「すまねえ。挨拶の途中で悪いけど、実はオレ達腹ペコなんだ」

スパーダがそう照れながら言えば、ハルトマンさんはきちんと用意出来ていると笑顔で応対してくれる。ああよかった。本当によかった。さすがにこれはどうにもできないことだから、恥知らず、とか言われなくてよかった。
そうして案内されたのは、十人くらいは腰掛けられそうな広いテーブルだ。すごく豪華じゃん。あばら家ですがって謙遜してたけど普通にいい家だし、感覚が違いすぎる。
なんだか緊張しながら座っていると、すぐにたくさんのご飯が運ばれてきた。これ、全部ハルトマンさんが作ったんだよね……挨拶をしてから口に運べば、どれもとても美味しい。これが執事の力か。すごい。

思わず食べるのに集中している間に、みんなは今までの事を話したらしい。ハルトマンさんは何度か頷くと、納得したとばかりにため息をもらす。

「ほう……左様でごさいましたか。それでこのナーオスまで……大変でございましたなぁ。お坊ちゃまの並外れた体力は転生者であることが理由でございましたか。はあはあなるほど……」
「な〜んだ。異能者として捕まるなど名家の恥だ! ってな具合に怒鳴られるかと思ったぜ」
「じいはもうベルフォルマ家に仕える者ではありません。ただの老人でございますからな」

そう笑った後にそういえば、と、この街の転生者についての心当たりとして、大聖堂が壊れたのは見たかと問いながら話し出してくれた。

「あれは聖女アンジュ様のお力なのです」
「聖女アンジュのお力って……じゃあ聖女が大聖堂を壊したの? あんなハデに?」
「ええ……皆様「無恵」はご存じですかな?」

むけい?
またよくわからない単語が出て来た。
後で聞かなくちゃと思っていたけれど、たぶん、わたしのその様子に気付いてくれたのだろう。ルカが確認をするような口調で、さりげなく説明してくれた。

「教団が権威を失った、歴史的転換期を差す言葉ですよね?」
「元々教団は地上人が天の神々へ許しを乞うために創られたもの。我々地上人の償いの心を天に伝え、慈悲を受け取る役割を務めておったのです」

祈り、という言葉に、ぴんとくる。
夢の中でよく聞いた言葉だ。
地上人とは、墜ちた神である。罪を常に懺悔し、許しを乞い……そしてその見返りに様々な恵みを受け取る。
その懺悔がいつしか感謝にかわり、祈りと感謝を伝える手段として、祭りという形が生まれる。その過程でウズメは生まれたのだと、いつかの記憶で言っていたはずだ。

「その天から受けた慈悲が奇跡……天術って呼ばれるものでしょう?」
「そうです。しかし無恵以来、教団で奇跡の力を見る事はなくなりました」
「でも噂じゃ聖女は奇跡を起こすって……」
「そう。無恵以来数十年ぶりの奇跡を、聖女アンジュ様は起こされたのです。アンジュ様はただ祈るだけで、見えぬ眼も立たぬ足も、どんな不治の病でさえも治されました」
「それって……思いっきり転生者だね」

その奇跡によって巡礼者が集まり、教団の聖女として有名になっていった。
けれど有名になるほど問題も起きる。寄進物目当てに盗賊がやってきたのだ。その時、みんなを守るために聖女が単身聖堂に向かい、そしてその強大な力で、大聖堂が壊れてしまった。
それにびびって盗賊は逃げたし、街の人もみんな無傷だった。けれど、そこで物語は終わらない。

「ちょうど異能者捕縛適応法が施行された直後でもありまして、聖女様は見せしめのように連行されました」
「なによ! 誰も引き止めなかったっていうの?」
「異能者としての悪評が巷に広がると、巡礼者達は手の平を返すように聖女様を役人に差し出しておりましたな」

せっかく頑張ったのに、聖女様は憂いの森を越えたナーオス基地にまで連行されてしまったらしい。
すごく悲しいけれど……軍の人達からの扱いを思い出せば、そんなものかもしれないなとも思った。

とりあえず、彼女がどこに連れていかれたのかははっきりしたのだ。わたし達は早速明日、聖女を連れ出しに行くという事に決まった。
頑張った聖女様は、助けなければならない。というか報われてくれないと嫌だし。あと、わたしよりもずっと治癒術が上手そうだから、いろいろ話も聞きたいな。

明日の方向性が決まって、今日はここに泊まらせてもらうことになって。
借りることになった部屋へ向かおうとしたところで、スパーダとハルトマンさんが何かを話しているのが聞こえて、なんとなく足を止めた。

「心に剣を持ち、誰かの楯となれ。右手に規律を、左手に誇りを」
「己を殺し、永久の礎にせよ。正しき道を正しく歩め。個よりも全に仕えよ」
「以上ベルフォルマ家士道訓五箇条! 家の名は忘れても、騎士の在り方は忘れねーよ」
「それでこそお坊ちゃまでございます! では、今から床の用意をしてまいります」

嬉しそうに話すスパーダとハルトマンさんに、なんとなく……なんとなく、胸の内側が落ち着かない感覚がした。
たぶん、いつもよりずっと自然な様子で、そして楽しそうな様子は本当に気を許した……それこそ、家族を相手にするような空気を見て、ちょっとうらやましかったんだと思う。

元の世界にいるはずの、わたしの家族はどうしてるのかな。
突然いなくなってしまったわたしを心配してるかな。
わたし、帰れるのかな。
もしも帰れても、いったいどうなっているんだろう。ご都合主義で時間は全然進んでいないのか、神隠しとか失踪扱いになっているのか、それとも。異世界の転生者なんだから、わたし自体が最初からいなかった事になってたりするのかな。
どうなんだろう。調べる方法もないし、わからない。

ちゃんと仲間がいて、一人ではないけれど。
それでも、無条件に頼れる大人はいないし、わたしが別の世界から来たってことを知っている人は、ここにはいないから。
この不安な気持ちも誰にも上手に言えなくて、すごく。
寂しいなって、思った。