15-2

「……どうしたの? 早く逃げようよ」
「私は……一時の感情に身を任せ、大聖堂を破壊した。そして、たくさんの人を危ない目に……」

アンジュさんは俯いて、そうポツリポツリと話し出す。彼女の可愛らしい声が震えて、祈りを……許しを乞うように指を組んでうなだれる。
そっか。この人、盗賊を追い払うために力を使って、大聖堂を壊しちゃったんだっけ。ずっと聖女としてみんなのために頑張っていたのなら、それらをすべて壊してしまう自分のことを、おそろしい、と思うのは不思議なことではない。
わたしだって、治癒術士か使えないから、まだ冷静な顔をしているけれど。もっと攻撃的なことができたら、今よりずっと怯えていたと思う。

「私は自分が……転生者としての自分の力が恐い……人を傷つけるくらいなら、いっそ……このまま……」
「このまま人殺しの道具になるの? 何もせずに?」

コンウェイさんの言葉に、思わずと言った風に彼女は顔を上げた。
どこかつまらなそうにアンジュさんを見る彼に、彼女は不安そうに視線をさまよわせる。

「それは……」
「もし過去の自分を悔いているのなら、生きて償いの道を選ぶほうが賢明だと思うけど……?」

強くて、遠回しような口振りではあったけど、結果的に言わんとしているのは「生きろ」ということだ。
生きてここから出るべきだという言葉に、アンジュさんはぐっと唇を噛む。

「でも……」
「そうそう、お前良いこと言うぜ! なあ、大聖堂をぶっ壊す前はみんなの傷を治したりしてたんだろ? あんたの力は、人助けとか良いことにだって使えるんだよ。転生者の力が全部悪いわけじゃねえ」
「……そうだとしても、あの時の周りの目を忘れられない……」
「……ねえアンジュさん。ちょっと前向きに考えようよ」

スパーダの言葉にも顔を上げない彼女に、今度はわたしも口を挟んだ。
あんまり意味ないかもしれないけど、でも、戦争でもないのに。目の前の人を置いていくのは、やっぱり嫌だ。

「わたし達は他の人よりたくさんを知っていて、無意味に力を使う恐さを知ってる。だからこそ、誰かを助ける事が出来るんだって。少なくともわたしはみんなに助けられたし……あと出来ればその……アンジュさんに治癒術の使い方をきちんと習いたいなあ……とか……」
「ミオさん、それ説得になってないよ」
「わ、わかってますよ。つまりはこうして転生者が巡り合ったのも運命だし、ちょっと明るく楽しく考えようよって!」

いいこと言えなくてすみませんね! と力めば全員に笑われる。
おい特に何も言ってないルカとイリア、君たちも挑戦してみたまえよ……と言おうとしたところで、笑ったのは全員だ、と気付いた。
つまり、アンジュさんも、笑っている。

「転生者の私を、転生者のあなた達が助けにきた……そうね。これも天の巡り合わせ。わかったわ。一緒に行きましょう」

彼女はそう言って微笑みを浮かべながら顔をあげる。
思わずやった! とイリアと一緒に手を叩けば、笑われたことなんてどうでもよくなった。

「よっしゃ! きっまり〜! あたしはイリア・アニーミよ。前世はイナンナだったの」

イリアに続いてスパーダ、ルカと順番に自己紹介。
やはりというか、なんというか、ルカがアスラであると言えば、アンジュさんは両手で口を覆って驚きを隠さずにルカを凝視する。

「あなたがアスラ……センサスの……猛将アスラ?」

思い出したと声をあげたのはルカだけではない。
隣にいたスパーダもが興奮したように声をあげ、確認するようにしゃべりだした。

「君は……ラティオのオリフィエル!?」
「あのラティオの軍師、オリフィエルか! その軍略の泉は枯れる事を知らず、敵を破り味方を救うこと幾千回。その気高き騎士道精神に満ちた戦いぶりは敵味方問わず賞賛されていた、あのオリフィエル……」
「……スパーダってやけに詳しいよね。でもオリフィエル……うーん、記憶にないなあ」
「今はただの尼僧です。そういうあなたは……もしや、この面子なら、ウズメ様では?」
「あ、うん。そうですよ」

よくわかるなあ。
まあアスラとかとはよく一緒にいたみたいだから、わかる人にはわかるのかも。
そうするといつか、ウズメの友達であるヴリトラとか、あの小鳥とかにもまた会えるんだろうか……会ったってわたしとはあんまり関係ない気もするんだけど。やっぱり懐かしいって興奮するのかな。どんな気持ちなんだろう。
アンジュさんは頷いたわたしを見て、ああ! と両手を組んでは笑顔を浮かべた。
なんというか、ちょっと予想外な反応にわたしは一瞬たじろぐ。

「やっぱり! 神々と地上とを繋ぐ祭事の神であり、ラティオとセンサスのどちらにも属さずに一人マイペースを貫いた、あのウズメ様にこうしてお会い出来るだなんて」
「……わたしって、そんなだったの? いやむしろこれはからかわれてる?」
「いや、かなり買い被ってんじゃねえか……?」

一人マイペースを貫いたって、誉め言葉でいいのかな? 後ろでコンウェイさんがくすりと笑ったのが聞こえたから、判断がつかない。
まあ、軍師として片方にだけ属していたオリフィエルには自由人に映って、ちょっとだけそんな立場に憧れてたとか、そういうことかな。うんうん。そんなプレッシャーのやばそうな地位、わたしならいたくないし。あくまでわたしの意見だけど。

「前世では立場を違えておりましたが、仲良くしてくださいます?」
「もっちろんよぉ! 良かった〜! あたしは逆にあんたが問答無用で襲いかかってこないかとヒヤヒヤ……」

イリアの声を遮って警報が鳴る。
侵入者を知らせるそれは、鳴るには少し遅かった気もするんだけど……

「あー……いい加減逃げた方がいいんじゃない? アンジュさん、走れる?」
「ええ、なんとか。でも走るのは苦手で……」
「四の五の言わず走るの! 行くわよ!」

面倒なことになる前に、とにかく逃げる。
ということで、わたしたちは急いで出口へと走った。