「ね、ねえ。さっきも言ったんだけどさ、余裕がある時でいいから、わたしに治癒術、教えてくれない?」
出口に向かって移動しながら、わたしはアンジュさんの袖を小さく引いてそうお願いする。
治癒術。今、わたしができる唯一のこと。なんとなく手探りで使っているけれど、ちゃんと学んだわけではないから大したことはできない。このままじゃ、絶対にダメだ。わたしはこの旅の最後まで着いて行かないといけないのに、これじゃただの足手まといだ。
「わたし、それしかできないんだけど、いまいち使い方、わかってなくて……足手まといになりたいわけじゃないから」
「もちろん、いいわよ。でも不思議ね。ウズメは戦えぬ神で、攻撃も回復も一切できないと聞いていたのに。転生した後に目覚めたのかしら?」
たしかに術を使えた覚えはないな、と答えようとしたとことで、誰かが騒いでるのが聞こえてきて、みんなすぐに物陰に隠れて様子をうかがう。どうやら話しているのはガラム軍らしい……ただ、わたし達のことで騒いでいるわけではないようだ。
よーく話を聞いてみると、わたし達ではない、ただ一人で西の戦場を突破した誰かが、今度はここに潜入してきたのだと慌てているらしい。はやく探せ、と駆け出していくのを見てから、わたしたちは自然と顔をしかめた。
「一人で西の戦場を突破って……うわ、会いたくないなあ」
「ダメよミオ。それはフラグっていうんだから」
「今のは独り言だから違うよ!」
「同じでしょ。それにしても、出口が見つからな……」
不意に言葉を切ってイリアが立ち止まる。
それに流されてわたしも足を止めれば、わたしたちの道を塞ぐように、人が一人、立っているのが見えた。
真っ黒なコートを着たその男の人には見覚えがある。
そう、もう思い出したくない、あの西の戦場にいた人だ。
「確か、リカルドって呼ばれてた……」
ぽつりとルカが呟くのを聞いて、今すぐ逃げ出したくなる。
実際にはそんな余裕もなくて立ちすくんだだけなのだけど、みんなも何があっても平気なように身構えているのがわかった。
ありありと警戒心を示すわたし達に彼は……リカルドさんは、呆れたようにため息を吐く。
「またお前らガキどもか。いつから戦場はガキの遊び場になったのやら。まあいい。俺はアンジュ・セレーナという女を探している。知らんか?」
「はぁ? なんであんたにそんなこと教えなきゃ……」
「はい。私がアンジュです」
「ちょ……! なんでそんなバカ正直に即答してんだよ!」
「わたし今のやりとりを実際に見たの初めて」
「そう簡単に見れるものではないよね」
さすがアンジュさん、すげえや。
周りの反応などまったく気にせず、彼女はリカルドさんに近寄る。
大丈夫なのかと心配するけれど、彼の方に彼女を傷付ける気はないらしい。あっさりと武器を下ろして、アンジュさんを見つめる。
「俺の名はリカルド・ソルダート。君の身柄と安全を確保するよう依頼を受けた。付いて来てもらおう」
「あいにく連れがおります。ご一緒してもよろしいかしら?」
「悪いがエスコートできるのは君だけだ。他の面倒は見れない」
「あら、残念ですね。でしたらお断りします」
「だとよっ! 消えなおっさん!」
アンジュさんの答えにスパーダが勝ち誇ったように言う。
いやスパーダ、まだ、全然話終わってないんだけど。
リカルドさんも同じように思ったのか、今度はめんどうくさそうにため息を吐いた。
「ガキどもに一つ教えてやろう。いい大人は出来ない仕事を引き受けたりはしないもんだ。そして、ガキのワガママを厳しく躾るのも大人の仕事だ」
「この前は見逃してくれたじゃないか! 今回はどうしてダメなの?」
「以前にも言ったと思うが、俺は仕事熱心でな。アンジュ・セレーナの身柄確保という契約を結んだ以上、それを果たすまでだ」
「どうあっても連れて行くつもりかよ!だったら……オレ達が相手だ!」
両者ともに引かない姿勢。
武器を構え出した三人に、リカルドさんはふんと鼻を鳴らした。
「力ずくが望みか? あまり俺の趣味ではないが、たまには趣向を変えるのもいいだろう」
「ま、また戦うの……?」
正直に言わなくても、戦いなんて嫌いなのに。
もっと楽しくゲームして決めようよと言いたくなるが、まあそんなゲームも浮かばないしジャンケンで決めるわけにも行かないし。どうしようもなくてコンウェイさんの後ろに隠れると、彼は小さく「大丈夫」と呟いた。わずかに微笑む。
どうしてですかと問おうとして、それより先にアンジュさんが片手を上げた。
「待って……では、こうしましょう」