「ねえルカ、あれは?」
「あれはホットドックの屋台だよ。ここのはなかなか美味しいから、怖い人に絡まれた時はよく買いに行くんだ」
「じゃああの広場みたいなのは?」
「あれはコートだよ。フットボールとかよくやってる」
「ルカも?」
「僕は、そういうの苦手だから……」
「わたしも苦手。スポーツって上手くできないと楽しいって思えないんだよね」
「う、うん、そうなんだよ! だからあんまり好きじゃないんだ」
「ルカくんは見たままの勉強タイプだからね。必須じゃないんなら、苦手があったっていいんじゃない?」
きゃっきゃと会話を弾ませながら、レグヌムの街並みを歩く。
レグヌムについたわたしたちは、スパーダの秘密基地だという地下水道で落ち合う約束をして、いつものごとく数人に分かれて情報収集することになった。
コイントスで決めたチームは三つで、わたしはルカとコンウェイさんと一緒。担当は市街地。でもそこに向かうまでの間に、何故かこうして観光のように歩いてはあれはそれはとルカに問いかけている、というのが現状である。
「……なんか、完全に観光になってるね」
「いいじゃん。情報を集めろって言ってもどうすればいいのって感じだし。せっかくだし。なんとかなるよ」
「ミオって、そういうところイリアとそっくりだね」
「でも実際、ボクたちは派手に動けないからね。ただの観光客ってことで動いた方が安全だと思うよ」
「ほら、コンウェイさんもこう言ってる」
「うーん、じゃあいいの……かなあ?」
「にいちゃんおかえり!」
ということでホットドック一個買ってきてもいいですか、と問おうとしたところで、急に元気な声と共に何かがコンウェイさんにぶつかってきた。
見ると、彼にしがみつく小さな男の子の姿がある。
知り合い……ではないだろう。たぶん。コンウェイさんもどこか困ったように眉を下げているし。けれど男の子は、ひたすらに嬉しそうな笑顔で見上げているので、わたしたちも首を傾げた。
「ずっとひとりで、おれ寂しかったんだぞ!」
「えぇと……誰かな、キミは」
「にいちゃん、おれのこと忘れちゃったの?」
「ボクに弟はいない。悪いけど人違いだよ」
「なんでウソつくんだよ。おれが……おれが悪い子だから?」
「ああ、ここにいた!」
コンウェイさんが何かを言おうとしたところで女性が駆けつけてくる。男の子と似た雰囲気のその人は、慌てて男の子の肩を掴むと安心しながら叱りつける……たぶん母親なのだろう。
彼女はコンウェイさんを見て、そしてやっぱり驚いたと彼を凝視した。
「もう、なにも言わず外に出ちゃダメっていつも言っているでしょう。ってあら? あなた……ロイク……? いえ、でも違うわ……」
「察するにそのロイクって人、ボクと似ているのかな?」
「え……ええ……服装や髪型は違えど、目元にあの子の面影があるわ……」
「面影じゃなくてにいちゃんだよ、母ちゃん!」
「あの……その子はなんで、そんなにお兄さんに執着してるんですか?」
「この子の兄……ロイクは王都軍の兵士でした。西の戦場に、そこで……」
言葉はそこで途切れたけれど、つまりは戦死してしまった、ということだ。
わたしたちは何も言えなくなって、そうですか、と声を絞り出す。
「……お悔やみ申し上げます」
「でも、なんでそれでこの子が悪い子なんて……」
「それはロイクが、戦場に行く前に「いい子で待ってれば必ず帰ってくる。そしたら遊ぼう」とこの子と約束を……ですが訃報を聞いてからも、この子は来る日も来る日も街の入り口で帰りを待っていたんです」
だから面影のあるあなたがロイクに見えてしまったのですね、と微笑んだ彼女は、男の子よりも悲しそうに見える。
それでも、失礼しますと頭を下げて帰ろうとする姿は、帰ってこないことを理解してしまっているからだろう。
「帰るなら兄ちゃんも一緒に……」
「いい加減にしなさい!」
「さて、ボクたちは行こう」
「にいちゃん……なんで、なんでだよぉ……」
もう帰らないかもしれない人を待つのって、どんな気持ちなんだろう。
わたしも、同じ気持ちを、家族に味あわせているのかな。
そう思うとまた胸の奥が重たくなってしまって、何も言えないでいるわたしの横で、ルカがコンウェイさんを見た。
「ねえコンウェイさん。この子と少しだけ遊んであげるのはどうかな……そうすれば少しは気が晴れて、」
「なに、ルカくん。人違いされた上に協力しろって言うのかい?」
「そんなつもりは……」
「冗談だよ。それで、なにして遊ぶの? ボクの顔を見るたびに泣かれるのも、このまま勘違いされるのも困るからね。少しくらいなら相手してあげなくもないけど、どうする?」
早口に話し出したコンウェイさんに、男の子だけじゃなくてわたしたちも呆けてしまう。
だが男の子はすぐに表情を明るくすると、コンウェイさんにしがみついて一生懸命に言葉をぶつけた。
「キャ、キャッチボール! やるって、約束したよね!」
「約束ねぇ……まあいいか。それじゃあ広いところへ行こうか」
すぐ近くの広場まで歩いて、男の子が嬉しそうにボールを投げる。
母親はそれを申し訳なさそうに……でも嬉しそうに眺めていた。
やがて二人が戻ってくる。
母親がきっちりと頭を下げてお礼を言うと、男の子は少しだけ俯いて。それからぎゅっとボールを抱き締めると、笑顔で手を振って帰って行った。
「じゃあね、キャッチボールの下手なにいちゃん!」
その言葉に、彼はもう、コンウェイさんと自分の兄が違う人だと理解したのだろうと察して。母親が瞳を潤ませるのを見ながら、わたしたちはただ静かに手を振った。
「……下手なにいちゃんですって」
「運動は苦手なんだよ。ボクもね」
そう言って笑ったコンウェイさんは、なんだか。
なんだか少しだけ、悲しそうだと思った。