21-1

待ち合わせ場所である、スパーダの隠れ家のある下水道まで走ってようやく足を止める。
わずかに水音を立てて立ち止まれば、当然だが追いかけてくる音はしない。そこでやっと息を吐いて、良かったぁと小さく声をこぼした。

「はあはあ……ここまで来れば、安心だね……」
「キミは慎重なのか無鉄砲なのかわからないな。ああいうときは静かに立ち去ればいいのに」
「ご、ごめん、混乱してて……」

でもいい友達といい家族だね、と肩を叩けば、ルカはまた、うん、と柔らかくはにかんだ。

「さて。まだ、誰も帰ってきてないし、少し休もうか」
「ちょお、待ちぃや。自分、誰?」
「え?」

まだ幼い声が聞こえてきて、下水道の奥を見る。
歩いてきたのはやっぱりまだ幼い女の子だ。なんだろう。彼女を見た瞬間、なんとなく懐かしさにも似た感覚が込み上げてきた。
いや、そんなことより、どうして下水道にこんな小さな子がいるのだろう。

「役人やないみたいやけど……なんでこの場所知っとんよ?」
「君こそ誰? ここで何してるの?」
「何してるて、ウチ、ここに住んでんねんで? まあ、勝手に住み着いとんねんけどね」
「そうだったの……ごめん、僕たち知らなかったからさ」
「まあ、役人やないやったら、別に構へんねんけどねぇ」

苦笑する彼女にいろいろと思うところはあるのだけど、それよりも下水道に住んでるってあたりに誰も突っ込まないので、どう反応したらいいか戸惑う。
割り込んで聞いてもいいのかなあと様子をうかがっていると、わたしたちのではない足音が聞こえてきた。思わず身構えると、足音の主……アンジュさんの姿が見えて、ほっと胸をなでおろした。

「あ、ルカ君。なんだか騒ぎになってるみたいだけど……」
「ちょっとルカ! いるの!?」

アンジュさんの声を遮って聞こえてきたのはイリアの声だ。
その、明らかに怒りが込められた声に反射的にやばいと思う。歩いてきた彼女は、一応声を潜めてはいるけれど、相当に怒っているようだ。びっとルカに指を突き付けて、鬼気迫る表情で詰め寄る。

「兵士がうろついてんじゃない! あんた、ひょっとして実家に顔出したんじゃないでしょうね! ルカ、あんたの行動がみんなの迷惑になってんのよ! どう始末つけてくれんの?」
「ごめん……」
「ごめん、じゃないでしょ! そんな事じゃあねぇっ」
「ルカは家には顔出してないよ。タイミングが悪かったというか……」
「それに、ボクらが住宅区を回るのはコイントスで決まったことだろう」
「ミオもコンウェイさんもこう言ってるわよ」

悪いのはルカだけじゃないよ、と今度こそ割り込む。
確かに家は覗いたが顔は出してない。ごめんなさい屁理屈です。
それでも、庇われたということでルカにも変化があったらしい。俯いて謝るだけだった彼は顔を上げて、それからもう一度イリアに頭を下げた。

「いいよ。僕がグズグズしてたのは確かだし、兵士に見つかる前に逃げていれば……」
「やっぱりあんた見つかったのね! どうしてあんたはそう進歩ってもんが……」
「あーあー。もう〜自分うるっさいなあ、ホンマ、耳キーンってなっとるわぁ」

間延びした声が割り込んできて、イリアが怪訝そうに顔をしかめる。
先ほどの住人だという彼女だ。見慣れない彼女に明らかな警戒心を抱いてイリアも身構える。

「誰、あんた?」
「自分こそ誰やっちゅ〜ねん。まあエエわぁ、兵士に追われとんやったら、ちょっとココおりぃ」
「でも、迷惑じゃ……」
「気にせんでエエよ。ほな、ちょっと奥おいで」

そう言って歩き出した背中に、少し迷ってからついて歩く。
とりあえず悪い子ではなさそうだし、隠れられるならその方がいい。

「いたた……」
「イリア、また頭痛?」
「うん……ごめん、ちょっとイライラしてた」
「それはいいけど……大丈夫?」
「うん……」

歩きながら頭を押さえて、申し訳なさそうにイリアが呟く。わかる。頭痛がしたらイライラするよね、と納得しながら体調を気遣えば、イリアはやはりまだつらそうだった。
治癒術、こういうのにはあまり意味がないからなあと思いつつ、せめてと頭を撫でる……いや、意味はないんだけど。

女の子に通された場所は、下水道の脇道の行き止まりのようなところだった。
だがそこには廃材なのだろうが布やソファが置いてあって、予想よりもわりと綺麗な印象を受ける。

「へぇ〜、そんな理由で逃げてんのん? エラかったなあ」
「ここはどういうところなの?」
「ああ、ココは……孤児院みたいなとこかな?」
「孤児院……にしては、ちょっとあれみたいだけど」

イメージよりは綺麗である。でも、ここで生活しているとか、しかも孤児院であるなんて言われると戸惑う。
組み上げられてるの明らかに廃材だし。どちらかというと、やっぱり秘密基地だ。

「あなた、こんなところで生活してるの?」
「けどなぁ、しゃあないやん? 戦争やなんやかやで、施設が一杯やもん。子供で溢れかえって食料不足やねん。せやから毎日のように奪い合いの大喧嘩しよんねんで。ウチらみたいな子は、ああいうとこではまともにメシ喰われへん。ヘタしたら死んでまうわぁ」
「じゃあ、あんた何して食べてるの?」
「そりゃあ、よう言われへんわぁ。だって怒りよるやろ? 生きてくためにはしゃーないし……ウチ、怖い人苦手やねん」

ちら、と女の子がイリアを見る。どうやら怒って登場したことで、怖い人だという印象を与えてしまったらしい。

「イリアがさっき怒るから……」
「わ、悪かったわよって……でもだからってこんな暮らしはないでしょ? 不衛生な場所にいたら病気になっちゃう!」
「そんなん怒らんといてぇ、ウチ、悲しい……」

がっくりとうなだれる女の子を見ると、言いたいことはあるのに何も言えなくなる。
なんだろう。彼女にはなんでもしてあげたい気もするし、何かしてあげたくもなるけれど、ちょうどいい言葉が思いつかなかった。