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「ここが、王都レグヌムみたいだよ」

そう、コンウェイさんが連れてきてくれた場所は、確かに地球の日本とはかけ離れた場所だった。
煉瓦造りの整備された街は、もちろん家の近所には存在しない。漫画の中で見たような、中世の外国イメージの背景によく似ているけれど、歩く人たちは教科書で見るような古い恰好をしているわけではない。特にコンウェイさんと比べると、RPGに出てくるNPCみたいな簡素な衣装を着ているような感じがした。
書いてある文字は、当然、わたしの知っている文字とは形が違うけれど。何故かすんなりと読めるのだから不思議だ。そもそもばっちり日本語が通じちゃってる辺りで、異世界に来たのではなければ夢オチを疑うしかできない。

でも、何度「起きろ」と念じても夢は覚めないし、肌を抓ったら痛いし、熱さとか寒さとか感触とか、そういうのも全部リアルに感じられる。
夢じゃない。ということは現実。すごいな、わたし、異世界転移しちゃったのか。
あまりのことに、すぐには信じられなくて。ほへー、とどこか他人事のように考えながら、街の入り口へ向かうコンウェイさんに付いて歩いた。

彼は、とっても不思議な人だ。
ここが地球ではないことを知っているのに、それ以上詳しく話してくれない。
魔法みたいなことを使えるうえに、地球ともこことも違う世界から来た、なんて言ってくるから、さらに意味がわからなくなる。
優しいとは思う。助けてくれたし。しかも綺麗な人だ。でも、わたしには全然、コンウェイさんの言っていることを飲み込むことができなかった。

「……なんか、これって本当に夢じゃないんですかぁ?」
「残念。現実。でも驚いたよ。まさか君のような存在に出会えるなんて」
「わたしもびっくりだよ。コンウェイさんみたいな人に出会えるなんて」

異世界でさらに異世界から来ましたーなんて言う人に会うなんて、今どきの小説とかでも見ないぞ。同じ世界から転生しましたとかはあるけど……事実は小説より奇なり、ということか。なんて。
今も割と混乱したまま、とりあえず出てくる言葉を素直に話していたら、何かが琴線に触れたのだろう。わたしのどこがおかしかったのか知らないけど、コンウェイさんはふふ、と笑って、持っている本……なんか高価そうで、不思議な表紙をした本を軽く持ち上げてみせた。

「君は術とか使えないみたいだからアレだけど……なるべく、怪しい素振りは見せないようにね。今ここは戦争だなんだでピリピリしてるはずだから」
「せ、戦争っ!?」

遠い国の話、もうとっくに昔の話。少なくとも現在のわたしには無関係だと思っている単語がぽんと出てきて、思わず声が裏返る。
教科書とか授業でとっても悲惨だったとか、苦しかったとか、そんなことばかり聞いているようなものが、今、ここで行われているなんて信じられない。というか、右も左もわからないような世界で戦争に巻き込まれるとか、絶対に勘弁してほしい。
こんな場所で、今、一人にだってなりたくないのに。

「……あ、でも、コンウェイさんがいるからわりと安心かも。事情を知ってもらえてるってだけで凄い安心する」

ものすごく不安だけど、今は本当にひとりぼっちなわけじゃないから安心、と息を吐けば、コンウェイさんは少しだけ驚いたような顔をする。
……いやまあ、コンウェイさんはずっと一緒に居てくれる、なんて、言ってないからね。ものすごく自惚れの楽観的過ぎる言葉だもんね。そんな顔するよね。
慌てて修正を入れようとして、けれど先に彼が口を開いた。

「……キミは、」
「あっ」
「おっと」

どんっと誰かにぶつかって、コンウェイさんの手から本が落ちる。
きっと、街から外に出ようとしていたのだろう。ぶつかってきた少年はどうやらそのまま尻餅をついてしまったらしい。その状態で慌てて頭を下げてくるものだから、なんだかこちらの方が申し訳なくなってくる。いやわたし全然関係ないけど。

「ご……ごめんなさい! 僕、急いでて……だから……」
「こっちこそごめん。大丈夫かい?」
「あ……本! ごめんなさい! 高価そうな本なのに……」
「構わないよ。それよりほら、立って」
「そんなに高価そうな本、キズでもついてたら、僕……そうだ! 僕はルカ。ルカ・ミルダ。もしなにかあれば、僕の家を訪ねてきてください。街の人に聞けば、きっとわかるから」
「ルカ……ミルダ? ここは王都レグヌム……そう、じゃあ、キミなのかな……」

お? なんか意味ありげな反応だ。
顔見知り、というよりは、名前だけ知っている人なのかな。
黙って様子を見ていると、コンウェイさんは先ほどわたしに向けたのと同じような柔らかい笑みを浮かべてみせた。

「ボクは魂の救済者。ふたつの魂を救うためにこの世界へやってきた。もしかすると、キミは世界の真実を知らなければならない人なのかもしれない。例えそれが、その身を引き裂かれるほどの真実であったとしてもね」
「え?」
「楽しみにしているよ。真実を知ってなお、ボクの手を借りることなくキミの魂が救済されることを……じゃあ」

随分と一方的な自己紹介だけをして、コンウェイさんはわたしの手を引いて歩き出す。
その背中はなんだか機嫌良さげだけど、ちらりと後ろを見れば、あの子がかなり混乱してるのが見えた。
そりゃそうだよね。わたしも何言ってるのかわからなかった。魂の救済者とか、すごい、電波っていうか厨二っていうか……初対面であれはビビる。わたしもびっくりした。
物腰柔らかに優しい綺麗な人かと思えば、急に自分を救済者だなんて言ってみせたり、ミステリアスに笑ってみたり。うーん、もしかしてだけど、結構不思議な人なのかもしれない。

「……コンウェイさんって本当に恥ずかしいですね」
「そうかな?」
「それはもう。猛烈に」
「きっと機嫌がいいからかもね。やっぱりキミに会えて良かったよ」
「はぁ?」

やっぱりコンウェイさんはよくわからない。
今、ものすごく無条件に彼のことを信頼しているけれど、もしかしたら「この人がいれば安心! なんとかなるなる!」なんて楽観的な考えはあまりよくないのかもしれない。