24-1

下水道の入り口まで戻ったところで何かの影が見えて、こんなところに誰だろうとみんなが警戒する。
だが、ずいぶんと小さいそれに困惑してそれをよーく見れば、やっぱり人間じゃない、と肩の力を抜いた。

「おい、犬だぜ」
「見ればわかる。しかも二匹だな」
「それも見ればわかるっての!」
「だ……ダメよイリア。大声出してワンちゃんを興奮させちゃ。こういう時は落ち着いて目を見て……」

犬だったという安堵感からか、スパーダとイリアとリカルドさんで漫才みたいなことを始める。リカルドさん、結構愉快だよね。
そんな三人とはよそに、アンジュさんが明らかに警戒し怯えた様子で犬に近付こうとする。だが片方の犬がひとつ吠えると、アンジュさんは悲鳴を上げて一番後方にいたはずのわたしのところまで逃げ出してきて、さっと後ろに隠れた。

「うひゃあンッ!!」
「なんやねーちゃん。犬苦手なんかいな」
「この気はヴリトラだね。あの龍神の気は忘れもしない。人に転生しても、これほどとはね……」

よしよし、犬が苦手なんだね、とアンジュさんの頭を撫でていると、一人の小さな男の子が現れた。
二匹の犬の飼い主だろうか。裸同然の格好をした彼はエルマーナとそう年が変わらないくらいの子供だ。

「んん? 自分いったい……」
「ボクだよ。わからないのかい?」

顔見知りです、といった様子で話しかけてきた子供に、エルマーナは少しだけ悩んで。それから、何かに気付いたように、すっと目を細めた。

「……創世力の番人、ケルベロス。あんたかいな」
「今はシアンって名前さ。ヴリトラ……創世力はどこだ?」
「ええ〜? なんでウチに聞くねんな? どう考えても自分の方が詳しいやん。自分、創世力の番人やってんやろ?」
「天上界崩壊の後も生き残ったお前なら、創世力が地上のどこに落ちたか知ってるはずだ! ボクに教えろ!」
「……あれ? ちょっと待って。じゃあさっきの記憶おかしくない?」

二人の会話を聞いてルカが首を傾げる。

「どういうことよ?」
「アスラはなぜ創世力を手に入れたかったんだろ」
「そりゃあ、天上界を滅ぼすため……あれ? そういや変ね」
「確かに天上界を統一したアスラに、天上界を滅ぼす創世力など必要あるまい」
「でも、私の記憶では、創世力は……」

続けようとするアンジュさんに、自分を無視して会話が進んでいることに気付いたらしい。
シアンくんは小さな子供のように……いや、小さな子供なんだけど、地団駄を踏んで騒いだ。

「おい! ボクを無視するな! 創世力のありかを聞いてるのはボクなんだ!」
「知らんもんは知らんて! ウチは知らん! そやから自分、もう帰ってええんちゃう?」
「とぼけるなヴリトラ! お前が知らないはずないんだ!」
「おいガキ……貴様、なぜ創世力のありかなど知りたい? 返答次第では……痛い目に遭ってもらうぞ?」

ギトリと鋭い目と低い声でリカルドさんが問いかける。
小さい子供相手には十分すぎるほど脅しになるだろう。シアンもぐっと息を呑んで後退りするのを見て、アンジュさんが少し困ったようにリカルドさんの腕を掴んだ。

「リカルドさん。子供相手に脅しは……」
「び……ビビらそうったって、そうはいかないんだからな! 創世力を使って、理想郷を築くためだ!」
「めちゃくちゃビビってるじゃん……」

すごい素直な子供だった。可愛いな。
ケルベロスって会ったことないと思うけど、やっぱりワンちゃんだったのかな。それなら可愛らしくて当然か。
うんうん、と一人うなずいている横で、話はどんどん進んでいく。

「お前口が軽いんじゃねーか? んじゃあ、お顔の上にいるのは……」
「マティウスのヤツね!」
「マティウスさまをヤツなんて呼ぶな! 救世主となる素晴らしいお方だぞ! 理想郷の導き手になる人なんだからな!」
「理想郷か……随分浅薄なお題目だな。教わったことをただ闇雲に暗唱するだけでは、身の肥やしにならんぞ?」
「せんぱ……く……? おだ……いも? 意味は良くわかんないけど、ボクをバカにしてるんだな! 思い出せないんなら、思い出すまでヴリトラはボクらが預かる! 来いよヴリトラ!」
「なんでウチがあんたなんかと行かなあかんねんな。アホか。ウチはアスラと一緒がええ」

べえ、と舌を出して断るエルマーナを見て、シアンはこぶしを握りこんでぷるぷると震え出す。
それから、まるで思い通りにならないことに癇癪を起す子供のように、大きく吠えた。

「ボクと一緒に来ないなら……ムリヤリにでも連れて行くだけさ! ケル! ベロ! かかれ!」