29-1

わたしたちは王廟にはい……る前に、そのための交換条件として現国王(である、らしい。普通に一般人の格好してたけど。)ジロチョウさんに言われて近辺の魔物を退治して、今度こそ王廟に入った。
何故か歌舞伎役者みたいなしゃべり方をする墓守を通り過ぎて、わたしたちは奥へと進んでいく。

権力者が威厳を示すためにでかい墓を……という歴史の授業で何度も聞かされた価値観はここにもあるらしい。王廟の中は広いし、ついでに海底に続いているらしいからどこか息苦しい。泳げないらしいエルは居心地悪そうにしながら歩いているから、彼女の手を握りながら、薄暗い中を歩いていくと、やがて壁画のある部屋に着いた。
それ以外は何もないだだっ広い空間。壁画だけが大きく体を広げて、そこに刻まれていた。

横長のそれは、だいたい二つの場面が描かれているようだった。
一番左には巨人のような形をした何かが大きく腕を広げている。そこから波のような模様が流れ、神殿のような建物がちらちらと描かれている。この波のようなものは雲だろうか。どことなく天空を連想させた。
右には丸く円を描くように長方形が置かれていて、イメージ的には天空を舞台にしたラスボス部屋の装飾的な大きな装置……のよう見える。あくまでもイメージ的にだ。そこから人のようなものが落ちたりしているけれど、中心の小さな円のものが輝いている光景……とかだろうか。
何を描いたものなのだろう、とわたしたちは揃って首を傾げた。

「なんやこれ〜? デッカい絵ぇやなぁ」
「いつの頃のものだろう。レグヌムの鍾乳洞でみた天上界の文字もある」
「この文字、鍾乳洞のものとほぼ同じものね。なんとか読めるわ。ええと……」

初めは天も地もなく
原初にただ大いなる
創造神のみ在りけり
彼、永劫の孤独を癒すべく
己の肉体を世界とし神々を生む
世界と神々、長く共に在りけり
然し、卑しき神の溢れしとき来る
天は卑しき神を人と貶め地に落とす
以後、天と地を隔たること、いと長き

「おお……なるほどわからん」
「あのぉ、アンジュさん。もうちょっとわかりやすく頼めねぇ?」
「つまり天上界は……いえ、この世界のすべては始祖の巨人から始まったと書いてあるの」
「始祖の巨人? この左側の大きな人型のこと?」
「そう……この世界の創造主ね。この世界の初めには何もなく、ただ巨人がひとりいただけ……そして巨人はひとりぼっちで寂しかったから、自分の体から世界と神々を生んだの。その後神々は栄えたけれど、その中から悪い神が現れたのね。だから天上界の神々は地上を作り、そういう悪い神たちを隔離したのよ」

天から下ろされて力を奪われた悪い神々は「人」となった。それから長い時間が経ったなぁ……とあるらしい。
どうやら、あの落ちていく人みたいなのは人で間違いないようだ。

「じゃあ、天上界から落とされた地上人が絵の右側ってことだね」
「でもよ。地上のみんなは自分たちが神の子孫だって気付いてないよな? オレたちは前世の記憶があるから知ってるけどよ」
「そう考えれば、転生者って別に特別でもなんでもないよね。地上のみんなが全員転生者のはずだしさ」

ルカの感想に否定を入れたのはリカルドさんだった。
彼はどことなくいつもより強めの口調で言葉を並べる。

「いいやそれは違う。転生は天上界だけで行われるものだ。神ではない地上人には起こりえない……はず。死んだ地上人の魂は天上界に運ばれ天の礎にされてしまうし、天上人の魂が地上に流れるなどあり得ん。地上人の魂を天上界に運ぶ役を担っていた元死神ヒュプノスの……俺の記憶だ。間違いない」
「でも、こうしてあり得てるじゃない。あんたやあたしがその証拠でしょ。地上にいても天上界での記憶も天上界の頃の力……天術だって持ってる」
「それがわからんのだ。何故そうなったのか……」
「天上界が滅んだことが関係あるのかもしれないわね。天上界が滅んで、帰るところのなくなった魂が私たち……」

アンジュの呟きに、何かが頭に引っかかった気がした。
天上界が滅びたとき。
そういえばその時、わたしはどうしていたのだろう。ウズメは戦う術を持たない祭事の神だ。信仰を集め天に渡し、天上界の維持と地上との繋がりを担う神だった。
戦死した記憶はもちろん無い。ならわたしは、何をしていた?
その時に、何か、そう。何かがあったような……

「どうして、キミもなんだろうね」

考えこんだわたしの耳に、コンウェイさんの声が滑り込む。
彼は穏やかな表情で、じっと壁画を見つめていた。

「え?」
「キミは少し違うだろう? それでもキミも間違いなく転生者。ボクとしては、そこも含めて気になると思うのだけど」

……そうだ。わたしは、この地上の人間ではない。違う世界の人間、だ。
アンジュさんたちのように地上に転生したのとは違う。わたしはまったく違う転生をしている。
それはなんでだろう。何か。何かを、わたし、忘れている。

「わたし、何を、したかったんだっけ……?」

思い出せない何かが、それでも忘れていることだけ覚えている何かが、酷く。
酷く、胸の奥をざわつかせた。