「アスラさま……あなたが悪いのよ。あなたが分からず屋だから悪いの。だったら私はその女を殺してでも、あなたを連れて行く!」
チトセがそう言い放ったかと思うと、瞬間移動したのかと思うくらいの素早さでイリアの目の前に飛び込んでくる。
慌ててイリアが銃で応戦するが、チトセは構えた短剣をくるりと持ち替えて、次の瞬間には投げ飛ばした。ぴっとイリアの腹をかすったそれに、二人は互いに苛立たしげに唇を吊り上げる。
「秘剣封爆!」
「こんのぉ……痛いじゃないのよ!」
「アスラさまは誰にも渡さない!」
「アスラアスラってうるっさいわね、このねっちょり性悪女! ティルトビート!」
「桜花乱舞! 爆ぜなさい!」
チトセの投げる小刀が次々に破裂する。
視界を制限するわ飛んでくる破片が痛いわで散々だ。しかも何より素早い。突然始まったのもあって前衛組が苦戦する中、イリアは苛立たしく舌打ちすると下がるようにと怒鳴った。
イリアの周りに光が集まっていくのを感じて、全員がチトセから距離を取る。
「覚悟しなさい! 抗いし者よ、氷牢の中で永久に眠れ、アブソリュート・ゼロ!」
氷の塊がチトセに向かって一直線に落ちていく。いくら彼女が素早くたって、広範囲のそれをぶつけられたら逃げられない。
案の定、それを受けるしかなかった彼女は呆気なくその場に崩れ落ちた。
せき込みながらうずくまる彼女に、ルカとイリアが近付いていく。情報を得るためだろう。自分を気遣わしげに見るルカと、そして油断せずに銃を構えるイリアとを見てチトセは表情を辛そうに歪めた。
「アスラ、さま……!」
「ねぇ、チトセさん。チトセさんの故郷が海に沈むのも、今の戦争も、天上界が滅びなければ起こらなかったかもしれない。それはみんなマティウスが……魔王が創世力を使ったせいなんでしょ?」
「そして現世ではこの地上も滅ぼそうとしている。そのためにマティウスは創世力が欲しいんでしょ?」
「違う! 違う! 違う! マティウスさまはそんなことはなさらない!」
「だって天上界を滅ぼしたのは前世のマティウスなんでしょう!? 本当のこといいなさいよ!」
イリアの糾弾する声に、チトセはぐっと唇を噛み締めて彼女を睨む。
何を言っているの、と呟く言葉は、間違いなく怒りが込められていた。その瞳を向けられていないわたしまでもが、ゾクリと背筋が震えるのほどの怒りだ。
誰のせいで、と。何も覚えていないの、と。怒りに震える声で、手で、彼女はイリアを睨み上げて。そうして、ゆらりと立ち上がった。
「何を白々しい……なら本当のことを教えてあげるわ……」
チトセは、まっすぐに片手を持ち上げる。
細くしなやかな指で、イリアを指し示す。
憎しみを込めて。怒りを込めて。侮蔑を込めて。妬みを込めて。ひたすらに負の感情を込めて、チトセは声を張り上げた。
「天上界を……世界を滅ぼしたのはイナンナ! お前だろう!」
その言葉に全員が息をのむ。
まさか、と。何を言っているのだと。信じられないと、困惑する。
イナンナが天上界を滅ぼした? アスラに寄り添って生きたイナンナが? どうして、そんなことをする必要があるのだ。
「……そんな、なに言ってんのよ、あんた……」
振り絞ったイリアの声がかすれている。ショックを隠せずに真っ青になった彼女を見て、チトセはゆったりと微笑んだ。
ふふふ、あはは、ふふふふふ。どこかほの暗い声で笑って、笑って。ふらふらとわたしたちから距離を取る。
ルカを見る。アスラを見る。アスラだけを見つめる。そうしてこの場から逃げるまでの間、アスラだけを見つめながら彼女はほの暗く笑った。
「イナンナは裏切るわ。アスラさま。イナンナはあなたを必ず裏切るわ。かつてこの女があなたを裏切ったように」
そんな言葉を残して。