「なんだよ! あの女! イリアが裏切るだとォ? ああ! ざけんなッ! クソッ!」
スパーダの声に、ハッと意識が引き寄せられる。その言葉に、先ほどのチトセの言葉が、わたしだけが聞いた言葉でないと。みんなが聞いた言葉であると、わかってしまった。
……イナンナが、裏切った。
あんなにも愛していたアスラを裏切った結果、天上界は崩壊した。
その情報を、今この場の全員が共有していて。信じられないと困惑している。
わたしも信じられない。だって、彼らはいつも、中良さそうにしていたことを、わたしは知っている。確かにさっき見た記憶では創世力について少し揉めてたみたいだけど、そこに裏切りの表情なんて、見えなかったと思う。
全然わけがわからないのだけど、まあ、ただ言えるのは、その言葉にルカとイリアが酷くショックを受けていることだ。
スパーダが一生懸命に何かを言って二人を励ましていたようだけど、当事者の生まれ変わりである二人にとっては、やっぱり、まだ上手に飲み込めないのだろう。
イリアだけがそこから抜けて暗い表情でこちらへとやってくる。スパーダが後を追おうとしていたが、イリア越しにわたしと目を合わせると、少しだけ迷って、それから「頼む」と口パクで伝えてきた。言われなくても、と頷いて、わたしはそっとイリアに近付いた。
「……ミオ。あたし……」
わたしを見て、うつむいた彼女の言葉は、その先に続かない。
ただ俯いて、ぎゅっと拳を握っている。
本当に、落ち込んでいる。そりゃそうだ。だって自分は裏切り者なのだとあんなにも憎しみを込めて言われたら、もちろんショックだし、もう何を信じたらいいかだってわからなくなる。
でも。でも、だからって、わたしまで困った顔をしたら、だめだと思うから。わたしはなるべくいつも通り。柔らかい声を意識して、イリアに声をかけた。
「イリアはわたしたちを裏切りたいって思うの?」
「んなわけないでしょ!」
「じゃあいいよ。気にしなくて」
わたしはあっさりとそう言った。
今は、気にしなくていい。これってつまり、目の前の問題から……と言うのに近いかもいしれないけれど。でも、いきなり全部受け止める必要だってないと思うんだ。
それに何より、イリアはイリアなのだから。
「確かにわたしたちの前世だけど、わたしたちじゃないじゃん。チトセはちょっと、そこがごちゃごちゃになってたけど……別の人の話だよ。だから、例えばイナンナが裏切ったとしても、イリアは裏切らないよ。大丈夫だって!」
根拠も何もないけど、わたしはそう笑って彼女の手を取る。
落ち込む一方じゃつらいもん。楽しく考えよう、なんてちょっと無責任に。
それでも、思いついていたイリアにはいい感じに力が抜けたみたいで、さっきまでの暗い表情とは違うぽかんとした表情を浮かべる。
「……あんた、さっぱりしてるわねぇ」
「考えたってよくわかんないし……いきなり全部受け止めるのってしんどいじゃん。少しずつでいいと思うな。わかんないし」
「確かに、わっかんないもんね」
はは、とイリアが笑みを零す。
それから一つため息を吐いて、無理矢理に笑ってみせた。
「あたし、やっぱりイナンナって嫌い」
一言そう言って、ぽんとわたしの背中を叩く。
まだイリアは暗い表情をしていたけど、それでもさっきよりは力が抜けたように見えたのは、わたしの自惚れだろうか。
「ありがと」
「……どう致しまして」
ただ、それ以上かける言葉は思いつかなかった。