31-2

「ねえスパーダ、ミオ。サクヤって覚えてる?」

ガラムへ向かう船の上で、ルカがぽつりと問いかけてきた。
チトセの話題になると不機嫌になるイリアは、今近くにはいない。思いつめすぎないようにするとは言っていたけれど、頭痛もまた出てきたとのことで、一人にしてくれ、と船室で寝ている。
だからこそ、この話題を今問いかけてきたのだろう。ルカもまだ落ち込んでるみたいだけれど、それでも問いかけてきた話題に、わたしとスパーダは素直にうなずいた。

「あのチトセってヤツの前世だろ。オレも思い出したよ」
「あれ、今更? わたしは戦場で合流した辺りで思い出したし、確認もしたけど」
「あー、まあ、ウズメとも仲がよかったみたいだしな」

重い空気を吹き飛ばそうと、なるべく明るい声で答える。
そう、サクヤ。チトセの前世。
ウズメと仲がよくて、よくお茶やお菓子を一緒に食べたりしていた、花の女神。いつもアスラのことを見ていて、アスラのためにと戦っていた一途な女の子。

「どういう子だったっけ?」
「花の女神でよ、センサスの男どもの憧れの的だったな」
「それだけ?」
「あとは尽くすタイプ」
「一途で奥ゆかしい子だよ。イナンナとくっついた後でもずーっとアスラだけ見つめててさ」
「チトセが初めて会ったときからお前にやたら興味を持ってたのは、そのせいだろうな」
「う……ん……」

ルカは聞くだけ聞くと、また何かを悩むようにふらふらと船室に引っ込んだ。
アスラもサクヤの気持ちをわかったうえでイナンナを選んでいたはずだけど、ルカにしてみれば初めてアプローチしてきてくれた女の子として、やはりそれなりに気になっているってことかな。
それでもあの暗い空気はどうにかならないのかなあ、と思わずため息を吐いてしまえば、隣のスパーダも同じように肩をすくめた。

「にしても、みんなの間に流れる空気が重くなっちまったな。あーあ、あいつ見た目は可愛いのによぉったく、余計なことしてくれるな」
「どういうつもりなのかな、彼女……」

会話に参加してきたのはアンジュさんとリカルドさんだ。
二人はルカが入っていった船室とイリアの方をそれぞれに見て、それから心配だと眉を下げる。

「おそらくあれは俺たちに互いを疑い合わせるためのデマカセだろう」
「ああ、そうに違いねェ。あんなマユなし女の言うこと気にしなくていいって」
「いえ、私が気にしてるのは、あの年で前髪パッツンは女としてどうなのかってことよ。あの年よ? どう見たって十代後半ハタチ手前なのに前髪パッツンなんてまさしく微妙……いえ、どちらかと言えば、ハズレ……」

……ん? あれ、なんか話が変わってる?
思わずアンジュさんを見ると、いつも通りの真剣な表情の彼女がいた。
おい聖女様。どうしてそんな話題になってしまったの。

「……アンジュ。お前身内以外には随分厳しい物言いをするんだな」
「でもよ、それを言ったらアンジュだって結構前髪パッツンじゃね?」
「……もしかしてアンジュ、彼女の黒髪が羨ましいのか?」

リカルドさんの指摘に、アンジュさんはハッと顔を赤らめた。

「私くせっ毛だから、ああいうストレートの黒髪が羨ましくて妬ましくて、つい……」
「なんだ、ただのねたみかよ……」
「あーでもわかる。黒髪ストレートって憧れるよね」
「でも大人気ねぇな」
「仕方ないでしょ。前髪パッツンは自分の中の失われた少女っぽさを取り戻すための髪型なんだから。だから、大人気なくてもいいんですよ〜だ」

拗ねたように言ってその場を離れるアンジュさんを見送る。
なんだか急に空気がふんわりしちゃったな、と思っていると、リカルドさんも彼女背中を見てふっと笑った。

「ふん……無理してガキのように振る舞わんでもいいだろうに」
「いいじゃん。ああいうアンジュの態度って男として見たらかわいくねぇ?」
「そう思わせるよう計算しているのだ。アンジュはな」
「まっまさかの計算ずくなの!?」
「おかげで先ほどまでの重い空気も少しは軽くなったろう」
「……アンジュってすげぇ。つか、女ってこえぇ。しかもそれを見破るリカルドもすげぇ……」
「これが大人の女性ってやつか……」
「そうだな。これくらい出来ないと年上の男は落とせないだろうな」

可愛らしさを演出したうえで、さらに空気を和ませる。
大人の女ってすごい……こわ……と呟いていると、リカルドさんが意味ありげな表情でわたしを見てきたことに気付いた。

「……ど、どういうことっすか」
「バレバレだよなぁ」
「バレバレだな」

スパーダまでにやりと笑う。
これは、あれだろうか。年上の男性を落とせない、という話にかかってくるのだろうか。
脳裏に浮かぶのはコンウェイさんの姿だ。わたしは慌てて首を横に振る。

「ちっ……違うし! 違う! から! コンウェイさんはそういうのじゃない! はずだもん!」
「おんやぁ〜? 誰もコンウェイだなんて言ってないぜぇ?」
「あっ!」
「無理すんなって。今更だってぇ」
「あっちもこっちも、まだまだガキだな」

くそ、はめられた!
どんどん熱くなる顔に気付かないふりをして、わたしはせめてとスパーダの足を蹴ってからその場を離れた。