「ラントとフェンデルの国境紛争は激しくなる一方で、お父様は対応に苦慮しています。本格的な戦いに発展する前に、戻ってきてはくださいませんか……いつの間にこんな事に」
慌てて戻った騎士団の寮に届いていたというお母様からの手紙を持ってきたアスベルさんは、マリクさんの教官室でそれを読み上げると、悲しそうに眉を寄せた。
教官室にはわたしとアスベルさん、そしてシェリアさんが並んでいる。手紙が来ていることを伝えた彼女は、本当に読んでいなかったのね、と悲しそうに目を伏せた。
「返事が無いままアストン様は戦死され……ケリー様も憔悴して寝込んでしまわれたの。それで私が王都に……」
ケリーというのはアスベルさんのお母様らしい。
聞けば、シェリアさんは彼の幼なじみでラント領主の屋敷に仕える使用人なんだとか。幼い頃から一緒に過ごしていて、家族のように過ごしていたということなので、信頼度の面でも彼女が使いとして頼まれたのだろう。
けれど、それは別に彼女がメンタル的にも大丈夫なわけではない。事実、彼女は出会った時からずっと悲しみでいっぱい、という表情で俯いている。
それでも泣き出すことも、手紙を望んだタイミングで読んでもらえなかったことを責めることもせず、しっかりとした態度で、シェリアさんはマリクさんに封筒を差し出した。
「マリク教官。騎士団宛ての親書をお預かりしたので受け取っていただけますか? どうかラントに、国王陛下直々の騎士団のご助力を」
はて。わたしは戦争や武器を使う争いの当事者になったこともなければ、戦記物や歴史に詳しいわけでもない。なので、国境の争いに対する国の姿勢というものの定番などを知っているわけではないが、国境の大切さというのはなんとなくわかる。
なので、そんなに切羽詰まった状況だというのに、今まで王国の騎士団は動いていないというのは、なんだか変ではないだろうか。真っ先に派遣されていてもおかしくないと思うのに。
そう無言で首を傾げると、わたしの疑問がわかったのだろうか。マリクさんがわたしを見ながら、そして二人には確認するように説明をしてくれた。
「ウィンドル王国は他国に比べて伝統的に貴族領の自治権が強く、各々が半独立国のようなものだ。故に中央の騎士団と言えども簡単には介入できない仕組みになっている。できれば力を貸したいのだが……」
「実は祖父からもそういった話は聞かされてはいました。結局私たちにできるのは、戦争にならないように祈る事だけなのかもしれません」
「確約は出来ないが騎士団にかけあってみよう。事が事だけに放ってはおけん。情報がキチンと伝わっているか、その事も調べてみる」
「……ありがとうございます。教官」
「アスベル」
「……はい」
「お前はシオリを連れて故郷に戻れ。お前達が見聞きした情報をこちらに伝えろ。シオリの記憶のきっかけになるかもしれないし、なにより正確な状況を知りたい」
未だ呆けた様子のアスベルさんを叱咤するようにマリクさんがそう言いつける。とても義務的なそれではあるけれど、さり気なくわたしを連れて行くようにしたあたり、そのままアスベルさんが家を継いでラントに残ることになってもいいように、ということだろう。
あとは、一般人のわたしが一緒にいることで気を引き締めて帰るように、といったところだろうか。シェリアさんも参っているようだし、そこにアスベルさんと二人きりというのは不安だ。そこにわたしを置くことで、どんな状況であっても民を守る者であれ、と示しているのだろう。たぶん。
抜かりない。それならどう転んでも、手紙だけではわからない現状を知ることもできる。アスベルさんを心配しつつ、自分の役目も忘れないあたりさすがの大人だ。
わたしもこの状態のアスベルさんが心配だったりするから異論はない。喜んで言い訳になろう。うなずいて了承すれば、彼もわかった、と少しぎこちなく首を縦に振った。
「それにお父上の死を弔い、母君に顔を見せてやらねば。今の母君にはお前が頼りのはずだ。早く行って安心させてやれ」
「……わかりました」
「私もラントへ戻ります」
「そうか。ならアスベルと一緒に行くといい。何かあれば手紙で知らせろ。オレもわかったことがあれば伝える」
アスベルさんとシェリアさんが揃って頭を下げるのを見て、わたしも慌てて頭を下げる。
こういう時の立ち居振る舞いなぞわからない……いや、さすがに基本的なマナー程度ならわかるけれど。それはあくまで現代日本のことだし、この世界でのマナーはわからない。
下手なことはしないよう、なるべく二人の真似をしよう。ちらちらと彼らの様子を見て、無言のまま出て行く二人に並んで出ようとしたら、マリクさんに呼び止められた。
何か間違えただろうか。少し緊張しながら振り向けば、随分と真面目な顔をしたマリクさんと、いつの間にか教官室に入ってきたらしいお美しい金髪のお姉様が一人。
こちらに近づいてくるお姉さまに少しどきどきしていると、これを、と何かを差し出された。
「シオリにはとりあえず、護身用としてこれを渡しておく。……まぁ、使用はしなくていい。セール品だし、持ってるだけでも盾くらいにはなるだろうからな」
「あ、ありがとうございます」
お姉さまから渡されたのは二本の剣だ。わたしがバロニアに入って一番に食い付いた二本で百ガルドのやつである。わざわざ買いに行ってくれたのだろうか。なんだか申し訳ないというか、なんというか。
確かに、今のわたしは丸腰の一般人。護身用として剣くらい、というのはわかるけれど。剣だけもらったところで、使い方は知らないので意味がない気もする。そりゃあ、何も持たないよりはほんのちょっとくらいはマシ、だと思うけれど。
ちょっと反応に困るな、と思いつつ、彼らがわたしのことを思ってくれているのはよくわかるので、お礼だけはしっかりと伝えた。
「シオリ」
「はい?」
「……アスベルを、頼んだぞ」