ラントはバロニアから船に乗ってちょっと行った場所にあるらしい。
地理なんて知らないので少しだけ不安だったけれど、一応子どもだけでも行ける距離だという事に少し安心して、今は向かう途中の船でゆったりとしている。
とはいえせっかくの船旅だ。異世界の船というものの構造にまったく興味がないわけでもないので、気ままに船内を散歩してみる。……結果として、わたしの知っている船とぱっと見た感じは何も変わらない、ということしか感想は出てこなかったのだけれど。当然だ。造船知識とかあるわけじゃないし。
数分も歩き回れば満足してしまって、わたしは手持ち無沙汰にあのお美しい金髪のお姉様……ヴィクトリカさんから受け取った剣を両手でギュッと握ってみる。
セール品の名は伊達じゃなく、あんまり攻撃力があるものではないようだ。その証拠とばかりに二本持っても想像した物より軽い。これでは確かに盾にしか使えないだろう。
「まさかわたしが剣なんて持つようになるとはなー……」
バロニアについた辺りから一気に色濃く感じる“異世界”という事実に、ふうとため息を吐く。驚きの連続すぎて、もう反応の仕方がわからないのだ。
そもそもここに来ることになったきっかけだって、よくわからない。わからないことが続けば、もう理解なんてできるはずもなく。ただ目の前にあることを飲み込むのでせいいっぱい、になるのは当然のことだった。
「あ、アスベルさんとシェリアさん」
くるくると二本の剣をバトンみたいに回して遊びながら甲板まで来ると、会話をしているらしい二人を発見した。
幼なじみだもんね。有事ではあるけれど、きっと話したいこともあるjだろう。そう勝手にほほえましく思ったけれど、昔話に花を咲かせているというよりは、ひたすらに気まずい雰囲気が流れているように見える。
「……病気、治って良かったな」
「……えぇ、まあ」
事実気まずいようだ。全然会話は続いていないし、表情もめちゃくちゃぎこちない。
アスベルさん残念そうに肩をすくめると、じゃあ戻るよ、なんて言ってシェリアさんから離れて、こちらの方へ歩いてくる。すれ違いざまに目が合ったが、わたしがシェリアさんに用があると視線で訴えれば、船に乗る前にさんざんシェリアさんが可愛くて気になると言ったことを覚えていてくれたのだろう。納得したように肩をすくめた後、彼はそれ以上何も言わず、頭を一回撫でて、一人で船室に入って行った。
彼はわたしを年上だと本当に理解しているのだろうか。どうにも扱いが年上に対するものではないというか、子ども扱いというか。確かに年上の威厳的なものは何もないけれど、どうにも納得いかない。
こちらも顔をしかめてしまいそうになるのを、軽く首を振ることで振り払ってから、わたしはゆっくりシェリアさんに近付いた。
「えーと……あの、シェリアさん」
「あなたは……確かシオリ、だったかしら?」
確かめるように首を傾げるシェリアさんは、まさしく可憐という言葉が似合う。初めて見かけたときも可愛いと思ったけれど、こうして向き合ってみると本当にその可愛さがよくわかる。
ふわふわの髪の毛。大きな瞳。レースをふんだんに使った服もものすごくおしゃれだ。可愛い。今こうして話をしているだけでわたしのテンションが上がっていく。
小首をかしげるだけでこんなに可愛いのだからすごい。勝手にどきどきと高鳴る心臓が、もうシェリアさん可愛い好き、という気持ちで盛り上がっていくのを実感しつつ、わたしはなんとか平静さを取り繕いながら、思わずとばかりに手を差し出した。
「そうです。シェリアさんみたいに可愛い方に名前を覚えてもらえるなんて、とても幸せです」
「幸せって……もう、大袈裟ね」
まったく取り繕えてない態度で素直に可愛いと言ってしまえば、くす、と笑われる。
だから、それが、可愛い!
笑ったらもっと可愛いに決まってる!
でれんでれんに頬を緩めたところで、彼女がアスベルさんにずっと放っていたあの気まずい雰囲気というか、拒絶するようなオーラが無い事に気付く。
どうやら気まずいのは彼にだけ、らしい。状況が状況だから、ずっと緊張状態なのかと思ったけれど、単純にアスベルさん個人に対して気まずくなっているだけのようだ。
だって、わたしに話しかける彼女の雰囲気は、随分と柔らかい。その優しい笑顔に陰りはない。
「それで、何か用かしら?」
「あ、えっと、その……大したことじゃないんですけど……と、友達になりたいなぁ、なんて、思っ、て」
先ほどの勢いはどこへやら。ぼそぼそと続いた言葉に、なんだか急に自信を無くして目をそらす。
だって、シェリアさんはこの世界に来て初めて友達になれそうな女の子だ。ぜひとも、ぜひともお近づきになりたい。シェリアさんと友達になりたいのだ。
ただその、ちょっと距離の近づけ方が早すぎたかな、とか。会話らしい会話はこれが初めてなのにいいのかな、と不安になってしまって、別に断られても大丈夫です、と伝える様に慌てて愛想笑いを浮かべた。
「あーいやその、わたし、この世界の事よくわからなくて、まぁ記憶喪失みたいな感じで思われてアスベルさんとかマリクさんによくしてもらったけど、まだ友達といっていいのかわからなくて……えーとだからだね、つまりはシェリアさんと……」
「友達になるなら、シェリア「さん」なんて呼び方はしないでほしいわ」
言い訳の途中で言われた言葉に、え、と言葉を止める。
ええと、つまり、これはいいよ、ということ、だろうか。
ちょっと自信がなくて、けれど期待を込めてシェリアさんを見つめれば、彼女はまたにっこりと笑ってくれた。
「敬語とか他人行儀は止めましょう? シオリ」
「……! うん! わかった、シェリアちゃん!」
「ちゃんって……呼び捨てでいいのよ? とゆうか、呼び捨てにしてほしいわ」
「わ、かった、その……シェ、シェリアち……シェリア」
呼び捨てはちょっと気恥ずかしいというか、なんだか難しい……と頭を掻けば、頑張って慣れて、と言われる。
その笑顔が可愛らしくて、とっても自然で。わたしはこっそりと安心しながら、ぎゅっとシェリアさ……シェリア、の手を掴めば、シェリアはまた、笑ってくれた。
「えぇ。よろしくね、シオリ」