93.霧の町、疑惑の人

広場に戻って、各自が集めてきた情報を整理する。
宿の中に入ったりしないのは、いつでも逃げられるように、ということだ。屋内だと暴れたら他の人に迷惑かかっちゃうかもしれないし。すっごく寒いので中の方がうれしいんだけど、それはまあ仕方ない。

「フェンデル政府が大輝石の実験を行っているのは本当みたいだな」
「肝心の大輝石の場所はわからなかったけどね」
「アンマルチア族の力を得て実験が進められているという話もあったわ」
「そうなのか? 今でもアンマルチア族がいるなんて」
「まずいよこれは……まずいまずい、絶対まずいって」

その間、しきりにぶつぶつと呟くパスカルに首を傾げた。
その表情は珍しく焦りを浮かべていて、落ち着きなく足を動かしている。

「何をそんなに焦ってんの?」
「フェンデルの大輝石って他のと比べて特殊っていうかさ。簡単に原素が取り出せないんだよ。理論的に可能なんだけど、技術的に困難っていうかさ。大輝石でそれが失敗しようものなら、とんでもないことになるよ」
「とんでもないことって……具体的に言うと?」
「う〜ん……フェンデル全土が吹っ飛ぶだけじゃすまないかもね」

少し突飛な返答に少しだけ困る。
フェンデルの大きさなんて詳しくは知らないが、地図をみればその土地自体は結構大きいことがわかる。その約3分の1ならかなり広い。
それ全土が吹っ飛ぶなんて想像しにくい、とわたし以外のみんなも目を瞬かせた。

「本当本当。帝都に来る途中ででっかい穴があいてるの見たでしょ? あれ輝石の力が暴発してできたんだよ? しかもこれ位の大きさの。この程度であれだけの穴だよ? 大輝石って想像したら、そりゃ焦るでしょ?」

そう彼女が示したのは、僅か数cmくらいの本当に小さなサイズだ。
確かにそれだけでベラニックの前にあいていたあのクレーターを作り出したなら不安にもなる。
しかし、クレーターができた理由だけでなく、その原因である輝石の大きさまで、どうしてパスカルが知っているのだろうか。不思議に思えば、シェリアが少し躊躇うようにそれを問いかけた。

「ねぇパスカル……あなたどうしてそんな事を知っているの?」
「あの穴作ったのあたしだから。だからまずいんだって、多分大輝石の実験に使われているのもあたしの技術だよ。闘技島で兵士が持ってた武器がそうだったからね。基本原理が一緒だったからすぐわかったよ」
「だからあんなに反応してたんだ……でもあれ? 実験にはアンマルチア族の技術が使われるんじゃなかったっけ?」
「あたし、アンマルチア族だから」

突然のアンマルチア族発言に、驚くというより拍子抜けしてしまう。
あまりに突然すぎるというか、そんなあっさり話していい事なのだろうかとか、言いたい事がたくさん浮かんで、結局どんな反応をすればいいのかわからない。

「そ、そうだったのか?」
「そんなあっさり?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」

一言も言っていませんとも。
すごく話したことがあるよ当然でしょとばかりに言われたけれど、今まで一度も言われたことありません。アンマルチアの単語すら最初に出会った時の遺跡でちらっと聞いただけです。

「とにかく、みんなこれからアンマルチア族の里に行ってみない? そこに行けば色々詳しい情報が手に入るよ。大輝石のある場所もわかるかも」
「近いの?」
「すぐ近くってほどでもないけど、一応同じフェンデルの中だから」
「そういう事なら……」
「待ってください」

それなら里に行ってみようか、と言おうとした辺りで、ヒューバートさんがそれを遮った。
眼鏡を押し上げて、問い詰めるようにパスカルを睨む。

「何故今までアンマルチア族だという事を黙っていたんですか。何か都合が悪い事でもあるからなんじゃないですか」
「え? 何も聞かれなかったから言わなかっただけだよ」
「それとあなたもです。先ほどの話、演技にしてはあまりにも堂に入りすぎていた。案外、あれは真実だったんじゃないですか?」
「ヒューバート、よせ」
「兄さんは怪しいと思わないんですか?」

アスベルの制止に、だが彼は止まらない。
信じられないと繰り返すヒューバートさんに、マリクさんは何時も通り……出会った時から変わらない、自分の中の意志を強く持った声で、ヒューバートさんに言葉を返した。

「ヒューバート、君の指摘は正しい。オレはこの国の出身だ。もっとも、戻ってきたのはかれこれ二十年ぶりになるが」

わたしがへーマリクさんはフェンデル出身なんか、と軽く考えるのとは対照的に、ヒューバートさんは顔を険しくさせる。
仮想敵国であり、出身のラントでずっとにらみ合ってきた国の出身だから、というよりは、隠し事をされていたという事実が引っかかったようだ。

「やはり……兄さん、ここまでわかってもこの人達と行動を共にする気ですか? 彼はフェンデル人であることを隠し、彼女はアンマルチア族であることを聞かれなかったからと言わずにいた。一人に至っては、未だに何も言おうともしない! フェンデル人やアンマルチア族は平気で嘘や隠し事をするんですか? ぼくは……隠し事をする人は昔から嫌いなんです。こんな人達と行くのはごめんだ」
「ヒューバート……」

絞り出すようにして吐き出された言葉は、震える肩と相まって酷く寂しそうに聞こえる。
その理由は知らないが、その姿には何も言えないと口を噤んだ。
自分も理解していないからと何も話さないでいるのは、もう止めた方が良いのかもしれないと思ったが……それだけで解決するわけではないと、わたしは目を閉じる。
そうすれば、ガシャガシャと音を鳴らして近付いてくる足音が複数聞こえてきた。

「ここにいたぞー!」

同時に聞こえた声に顔を上げれば、そこには街に入ってきた時にわたし達を取り囲んだ兵士達がいた。
彼らは一様にマリクさんを睨むと、声高に叫ぶ。

「貴様、一体何者だ? マリク・シザースという人物はとうに死亡しているではないか!」

どうやらわざわざ調べたらしい。
マリクさんは微かに笑うとなるほど、と呟いた。

「なるほど、そういう扱いになっていたとはな」
「貴様らの身柄を拘束する。全員集合! こいつらを捕らえろ!」
「まずい! ひとまず帝都の外へ脱出しよう!」