14.気まずい、帰路

「ねぇシェリア、ラントまであとどのくらい?」
「この小屋まできたらもう少しよ。頑張ってシオリ」
「うん……」

港を降りてしばらく。まっすぐの道である、とは聞いていたけれど、いつまで経っても町にはたどり着けず、丘に放牧された牛を見ながら歩いて……初めての道だから時間が実際よりかかって感じているだけかもしれないが、子供でも行ける距離という前情報のわりに全然見えない目的地に、どうしても気持ちが落ち込んでいく。
まだ着かないのか、と思わずため息をつけば、シェリアが励ますように背中を叩いてきた。
これで子どもでも行ける距離らしい。ここの子どもが凄いのであって、決してわたしが貧弱なわけではない……多分。

「……シオリ、シェリアと仲良くなったんだな。呼び捨てにするくらい」

どこかいつもより低い声で、最後を強調されて、少しだけどきりとする。
ちょっと、まあ、ほんのちょっと。申し訳ないなあとは思ったのだ。だってアスベルさんが呼び捨てにしてほしいと言った時はしなかったのに、シェリアにはあっさり呼び捨て、なんてしたら拗ねたくもなる。
でも仕方ない。仕方ないのだ。同性を呼び捨てにするのと、異性を呼び捨てにするの。やっぱりハードルが全然違う。申し訳ないがその望みをかなえてあげることはできない。
ということで。敢えてアスベルさんの拗ねる理由を理解しておきながら、わたしはあんまり理解していませんよ、という顔をすることにして。とりあえず、満面の笑みを浮かべてみせた。こうすれば大抵は切り抜けられるはずだ。

「うん、そうなの! 仲良くなれたよ!」
「そうか、良かったな。シオリ、シェリアの事凄く気にしてたから」
「……そうだったの」

よし乗り切った。
話がそれたのを確認して、心の中でガッツポーズをする。
これでもうこの話はおしまい、さあ再び道を歩こう……と、後ろに視線をやったのは偶然だった。
偶然、振り返った先で。視界に魔物の影が写る。鳥型のそれがまっすぐに此方へ向かってきていることに気付いて、わたしは慌ててシェリアに飛びついた。

「シェリア、危ない!」
「きゃあ!」

シェリアを抱えるようにして倒れて、なんとか攻撃を避ける。
一度目の攻撃を外した魔物は、けれどこのまま獲物を逃がす気もないのだろう。空中を旋回して再びこちらへと向かってきた魔物に、アスベルさんが前に出ると、オーレンの森の時のように手を光らせ剣を振るった。

「この! 雷斬衝!」

下から一気に切り上げるその斬撃を避ける事が出来ず、魔物は地に落ちる。瞬殺というやつだ。
ふぅ、と抜刀した剣を鞘に収めるアスベルさんの手を凝視しながら、シェリアが驚いたように呟いた。

「今のは……」
「ああ、手が光っている事か? 最近になって急にこんな事が出来るようになったんだ。それより大丈夫か? シオリ」
「うん、大丈夫。シェリアは?」
「私は平気よ。あ……怪我……」
「あ、本当だ」

指摘されて、初めて手を擦りむいていた事に気付いた。先ほどシェリアを守ろうと倒れた時にやったのだろう。あまり痛みがなかったから気付かなかったが、予想外に血が出ている。
痛みのないわりに血が出るなとちょっと珍しく思いつつ、まあ舐めとけばいいかなと舌を出すと、こら、と怒られた。

「土もついてるんだから舐めないの。それに化膿したら大変でしょう? ほら手、出して」

まるでお母さんみたいに言われて、わたしは素直に従う。反抗したら凄い怒られそうだ。
シェリアはわたしの差し出した手を包むように手を翳して、一度集中するように目を閉じる。それから、彼女が目を開くと同時に彼女の手から暖かい光がもれた。
それは、アスベルさんと同じ光だ。暖かなそれに包まれて、わたしの手からどんどん傷が消えていくのがわかる。

「シェリア? お前も?」
「シェリアもアスベルさんと同じような事が出来るんだ……」

驚いた、とありがとうを同時に言えば、シェリアは少し悲しそうに目を伏せた。
それはアスベルさんがバロニア近くの丘やタクティクスでしたのと同じ、悲しそうに何か遠くを見るような目、だった。

「ここ最近になって、突然使えるように……七年前の事故の衝撃で未知の力が目覚めたのではとお医者様が……」
「未知の力……?」
「医者なのに未知の力って……」

そんな非科学的な結論でいいのかと聞きたいが、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。
空気を読んで黙っていれば、アスベルがふ、と懐かしむように笑った。

「でも、なんだか不思議な気分だ。あのおてんばだったシェリアが怪我を治してくれるなんて」
「……七年も立てば人は変わるわ」

また“七年前”だ。
アスベルさんとシェリアの間には、いつも“七年”という単語が出て来る。
今までで一番固い声でそう言い放ったシェリアは既に後ろを向いていて表情がわからない。でも、その背中は何かを堪えているような気がした。

「それと……私、自分の身は自分で守れるから。魔物が出ても心配はいらないわ」
「……シェリアも戦えるの?」
「ええ、戦えるわ。バロニアに行く時だって一人だったんだから……行きましょう」