「あのヴェーレスを倒してしまうなんて信じられない……」
ポツリと若干低めの女性の声がして、そちらを向く。
そこにいたのは、たぶんアンマルチア族の女性だ。パスカルと同じ白と赤のグラデーションがかった髪は長く、後ろで髪留めでまとめられてる。美人。
察した。この美しいアンマルチア族のお姉さまが誰か、すぐに察した。その予感通り、パスカルが嬉しそうに声をあげて、美人さんも少し頬を緩める。
「フーリエお姉ちゃん!」
「パスカル? あなただったの? 誰かが研究を盗みに来たのかと、勘違いしてしまったわ」
「あれヴェーレスっていうんだ。あんな凄いの作っちゃうなんて、やっぱりお姉ちゃんはさすがだね」
「あっさり倒しておいて、よくそんな事が言えるわね。それで、何しに来たの?」
「フェンデル政府がやってる大輝石の研究の事でちょっとね」
あっさりではないよな……と思いながらパスカルとフーリエさんの話を聞いていると、フーリエさんは“フェンデル政府”という単語にキッと目を細めた。
「大紅蓮石の……? 断っておくけど、あの研究は私が長年かけてようやく完成させたものよ。あなたの研究を下敷きにしたかもしれないけど、その事で文句を言われる筋合いは無いわ」
堂々とした口調で言うフーリエさんに、だがパスカルは全く気にしていない様子で答える。
それでもフーリエさんの態度の固さは変わらない。思い切り警戒している様子の彼女に、けれどパスカルは相変わらずの様子で体を揺らした。
「文句なんて言わないよ。さすがお姉ちゃんだって思う。あたしは途中でやめちゃったのに。……でもあれ、今のままじゃ完璧に完成したとは言えない。やっぱり未完成だよ」
「言いがかりを付ける気!?」
「そうじゃないけど……ん〜説明するより実演した方が早いかも。ちょっとやってみるね」
そう言うとパスカルはきょろきょろと足下を探し始める。
何を探しているんだろうと首を傾げると、見つからないのかわたし達にも声をかけてきた。
「輝石のかけら落ちてない? 豆粒くらいの小さな奴」
これくらい、と指でも示したパスカルに、それぞれ自分の足下を探す。
……というか、わたし輝石のかけらって見た事ないんだけど……
「これは?」
「そうそう、ちょうどこんぐらい。ちょっとこれ貸してね」
どうやらソフィが見つけたらしい。さすがだ。彼女はそれを受け取ると、機械にセットする。
すると、瞬く間に輝石が赤く輝き始め、仄かに炎が灯ったように見えて、フーリエさんは得意そうに微笑んだ。
「驚いた? 火の輝石の原素をここまで効率的に引き出せるのは画期的な事なのよ」
「ここから更に……ペチペチ……ピシッと」
「ちょっとパスカル、何を……」
「みんな離れて!」
パスカルの言葉にみんな一気に走り出す。でも、フーリエさんだけが動けない。
それに気付いて、わたしは慌てて彼女を引っ張った……アスベルも同じ事を思っていたらしく、彼は庇うようにして……なので、わたしは見事に二人の下敷きになるようにして倒れた。
直後に輝石の入った機械が音を立てて破裂する。
「な、何が起こったの……?」
「ほらね? 火の輝石はこれが厄介なんだよ。原素を抽出する時に一定以上の圧力をかけると暴走を始めちゃうの。こうなると止められないよ。終いには周囲の原素密度が極限に達してドン! なわけ。武器に使うくらいなら被害もしれてるけど、大輝石はまずいよ。暴走したらシャレにならないもの」
「パスカル……もしかしてあなたが研究を途中で放棄したのは……」
「うん。先に結果が見えちゃったから諦めちゃった。だからお姉ちゃん、早く実験を止めさせないと。大事故が起こらないうちにさ」
呆然とするフーリエさんだが、ゆるゆると力無く首を振る。
「……できないわよ。そんなこと」
「う〜ん自分じゃ言いづらい? だったら場所を教えて。あたしが代わりに行ってくるよ」
「……あなた、私をバカにしてるの?」
「え?」
ぽつり、色々な感情を抑えるように呟いたフーリエさんは、次の瞬間、今までのもの全てを吐き出すように叫んだ。
「何が先に結果が見えたから諦めたよ! あなたが放棄した研究を完成させるのに、私がどれだけ苦労したと思ってるの!? なんでもすぐにこなして、いつも私のやる事を真似して先に結果を出して! 私が必死で努力して辿り着いた先にいつもあなたが先回りをしている。その気持ちがわかる?」
「お、お姉ちゃん……」
次々に吐き出される言葉に呆然とする。
……パスカルは、お姉ちゃんが大好きだとあんなにも嬉しそうに言っていたから。がっくりとうなだれてしまった彼女に、だがかける言葉が見つからない。
だって……どっちも、きっと辛いから。
妹に勝てないと思っている姉も、大好きな姉を苦しめてしまっていたと知った妹も、きっと、どっちも。
けれど黙り込んでいては物語は進まない。沈んでしまった空気を変えるように、アスベルがフーリエさんの前に進み出た。
「フーリエさん、俺たちはどうしても大輝石の所へ行かなければなりません。今フェンデルの大輝石は、事故以外にも重大な危機に見舞われているからです。大輝石に含まれる原素が他の二つと同様、このままでは消失するかもしれません」
「他の二つですって……?」
「はい。だから俺たちはなんとしてもその危機を食い止めたいんです。お願いしますフーリエさん。大輝石の場所を教えてください」
ぺこりとみんなで頭を下げる。
そうすれば、彼女は静かに喋り出した。
「大輝石のある場所は私も知らない。実験の責任者ならわかるけど」
「なんという人ですか?」
「フェンデル軍技術将校カーツ・ベッセルよ……」
「カーツ・ベッセルだと!?」
驚いたように声を上げたマリクさんにみんなの視線が集まる。
「教官のお知り合いですか?」
「ああ、まさかこんな所で再びアイツと繋がるとは……」
「そのカーツという人は今どこにいるんですか?」
「軍の技術省は帝都にあるわ。ただし彼が確実にそこにいるかどうかはわからない」
「ありがとうございます。それだけ聞ければ充分です。俺たちはそのカーツという人にこれから会いに行ってみます」
フーリエさんはちらりとうなだれたままの妹を見て……そして、目を逸らした。
「……好きにすればいいわ。私には関係ないことよ」