研究所を出る足取りは、どこか重かった。
いつも場を明るくするパスカルがずっと黙り込んでいたというのもあるし、みんなそれに気をつかって話さなかったからだ。
だから、研究所を出てパスカルが声を発するまでは、誰も何も言わなかった。
「お姉ちゃんがあたしの事をあんな風に思ってたなんて知らなかったよ。知らないうちにお姉ちゃんを苦しめていたなんて……あたし、やっぱり謝ってくる」
「止めた方がいいと思います」
サッと走り出そうとしたパスカルを、ヒューバートくんが呼び止める。
態度はいつもと何も変わらない、どこか冷たささえ感じる様子だったが……それでも、彼なりの優しさだろうと、みんなそれを黙って見守る。
「彼女が再び立ち上がるためには、自分で自分を認められるようにするしかありません。……下手な同情は余計に傷付けるだけです」
「でも……」
「パスカルは、フーリエさんの事、好き?」
彼の言葉だけでも、きっと彼女は立ち止まって考えることの大切さをわかったと思う。けれど、わたしがどうしても、何か言いたくなってしまって。一番大事なこのことを聞きたくなってしまって、そう問いかけた。
そうすれば、パスカルは間髪入れずに答えてくる。わかっていた答えを、まっすぐに。
「もちろん、大好きに決まってるよ」
「あんな風に突っぱねられても、大好きだって言える?」
「もちろんだよ! だって、あたしはずっとずっとお姉ちゃんに憧れてて、お姉ちゃんみたいになりたくて、お姉ちゃんがあたしの自慢で……大好きな人だもん」
ずっと憧れだったと、彼女は言っていた。大好きで大切で自慢のお姉さんだって、ここに来るまでに何度も言っていた。
だから、彼女の世界を追いかけたのだと。結局お姉ちゃんにとっては嫌だったみたいだけど、と彼女には似合わない自嘲の笑みを浮かべることになってしまうのは、とても悲しかったけれど。でも……でも。その、大好きって気持ちを、捨てたくなってほしくないから。
だから……だからわたしは、めいっぱい笑った。
「じゃあ、大丈夫だよ。パスカルがずっとフーリエさんを大好きでいるなら、大丈夫だよ」
だって、大好きなんだもん。
今、隣にいなくても。今、二人で顔を合わせることができなくても。大好きだって思っているのなら、大好きだって、今までもずっと思っていたのなら。その気持ちが簡単になくなるはずがない。
それに、フーリエさんだって。あの人だって、パスカルが研究所に来た時、嬉しそうにしていたもの。今は、喧嘩してしまったけれど。今は、すれ違ってしまっていても。絶対に、大丈夫。
そう、目を見てはっきりと言えば、パスカルは泣きそうに顔を歪めた。俯いて、少し震えた声で言葉を紡ぐ。
「いつかわかってくれるかな……あたしがお姉ちゃんを好きだってこと……」
「大丈夫。いつかわかってくれるさ。大輝石の実験を止められるのはパスカルしかいない……そうわかっていても姉として負けたくなくて、ああ言うしかなかったんだ。フーリエさんの努力が人々の命を奪ったなんて悲しい事にならないためにも……なんとしても実験を止めさせよう。俺達も協力する」
「しっかりしてください。お姉さんを救えるのはあなただけなんですよ。ぼくらとしても……あなたがいないと始まらないんですから。一緒に……行きましょう」
「弟くん……」
ぶわっと、顔を上げたパスカルの目から涙が零れた。
すぐに手でゴシゴシとこするけれど、なかなか止まらない。
それでもパスカルは、少しだけ嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「ありがとうみんな。本当にありがとう」
なでなでと、ソフィがパスカルの頭を撫でる。
それがまた嬉しいらしくて、目から新しい涙が溢れる。
そんな二人に、アスベルは隣に立っていたヒューバートくんを見つめた。
……珍しく、彼が慰める言葉をわりかし素直に言ったからだ。
「ヒューバート……お前……」
「兄弟の事で悩む気持ちは、ぼくにも一応わかりますから……それに、賑やかな人がいた方が寒さも紛れます」
少し恥ずかしそうに眼鏡を押し上げた弟を見て、アスベルはただ、「そうか」と笑った。
「さあ、時間がありません。帝都へ急ぎましょう」