106.もう遠い、二人

「ふんふん……あ〜なるほど、あそこにあったのか〜」

ほうほう、と部屋の中心にある机で納得したような声を上げているパスカルに気付いて、わたし達は自然と彼女の隣に集まる。
彼女が広げているのは大輝石の資料だ。場所がわかったのだろうか。

「わかったの? パスカル」
「うん。帝都を出てすぐ近くにある流氷の中に隠されてるみたい」
「あんな所に……? ここからは目と鼻の先に等しいぞ」

帝都を出てすぐの場所だ、と説明するマリクさんの話を聞いて、シェリアの顔が一気に曇った。
それと同時に、ソフィがバッと扉に視線を移す。

「そんなに帝都に近いと、もし大輝石に何かあったら大変な事になるわ」
「誰か来る」

ソフィの言葉に、みんなで一斉に扉の近くに隠れた。入ってくるのが兵士だった場合の為に、扉に一番近い場所で待機したアスベルとマリクさんが武器を構える。
そして扉が開いた瞬間……武器と武器とがぶつかる音が響いた。
そこには一人の男性が二本の槍をもってマリクさんの武器を抑え、武器を抜く事すら出来なかったアスベルの喉元に自分の得物を突き付けている。
的確に相手の行動を阻害するのは、さすが軍人、といったところだろうか。そして、その姿は見たことがある……ずいぶんと老け込んでいるが、先程の写真で見たカーツさんにそっくりな人が、そこにいた

「マリク……? お前だったのか」
「相変わらずの技の切れだ。さすがだなカーツ」

今、この場で戦うつもりはないと察したのか、彼らは互いに武器を納めながら軽い言葉を交わす。なんだか男の友情を感じてかっこいいな……とか思ったのはみんなには内緒である。

「久しぶりだと言いたいが、素直に旧交を温められそうな雰囲気ではないな」
「カーツ。オレ達はお前に話が合ってきた。お前はこの国にある大輝石の実験を取り仕切っているそうだな」
「……そうだ。長い年月をかけてようやくここまで漕ぎ着ける事が出来た。この実験が成功すれば大輝石を資源として活用出来るようになる。それにより我が国の人間がどれほど救われる事か。二十年前に始めた改革の志が形を変え、ついに成就するのだ」
「実験を止めろ、カーツ」
「フーリエお姉ちゃんの研究をそのまま使ってるでしょ? あれ未完成なんだよ。過度に原素を取り出そうとすると大輝石が暴走して制御出来なくなるの」

どこか嬉しそうに語るカーツさんを至極平静に遮って、続けざまにパスカルがそう説明する。
彼女は? と視線で訴える彼に紹介すれば、彼はそっと目を閉じた。

「彼女はパスカルだ。アンマルチア族の一員で、過去に大輝石を研究していた。フーリエ氏の研究を途中まで手掛けていたのもこのパスカルだ」
「……何も問題はない。実験は予定通り遂行する」
「カーツ!?」
「我々はフーリエ氏の研究をそのまま使用しているわけではない。氏の研究を土台としてそこに我々独自の十分な改良を重ねている。心配はいらない」
「しかし……」
「我々にはもう時間がないのだ。今実験をやらなければ、我が国の国民の生活は最悪の状況となる。生き延びる為には隣国に攻め込むしかないという事態にもなりかねんのだ。そうなったら最後、これまでの国境紛争どころではない。全面戦争となるだろう」
「隣国というのは、ウィンドルのことですか?」
「……話はここまでだ」

アスベルの質問に、カーツさんはそれだけを答えた。
……実験をしようがしまいが、どちらにせよ辛い状況であることは変わらない、という事らしい。
それならば成功する事を信じた方がいい……そういう事か。

「どうしても実験を止めるつもりはないのか?」
「マリク、昔のよしみに免じてここから立ち去る時間だけはくれてやる。これ以上ここに留まるなら警備の兵を呼ぶぞ。その前に政府塔を出るがいい」
「カーツ、お前は……」
「何も言うな。既に私とお前の道は深く分け隔てられている」

もう、カーツさんは何も話してはくれなかった。