16.涙も、後回しに

「アスベル様、あちらを!」

ラントを出てすぐ。緩い坂を登った先で、騒ぎ声が聞こえてくる。
前を走るみんなより幾らか遅れて辿り着いて見れば、そこではバリーさんと同じ格好をした人達と、黒と赤の軍服の人達が剣を突き合わせているところだった。
その中心。軍人の人に羽交い絞めにされている、温和そうなお爺さんの姿を見て、二人がぐっとこぶしを握る。彼がフレデリックさんなのだろう。いかにも非戦闘員といった彼を人質にするなんて、とわたしも胸が痛んだ。

「あの人がフレデリックさん?」
「そうよ、私のおじいちゃん」
「フレデリック……! 今助ける!」

アスベルさんとシェリアはすぐに中心に向かって行って、軍人達を攻撃していく。
はて、わたしはどうするべきだろうか。
とりあえず、前に出ていくのはよくないだろう。囮どころか足手まといになりかねない。ここは怪我をして撤退するラントの人たちの時間稼ぎをするのが一番だ。
わたしは貰った剣を構えて、襲いかかってきた相手のそれをなんとか受け止る。衝撃で手がびりびりして、ひえ、と小さく声が漏れた。二つのそれを右手を順手、左手を逆手とよくわからない持ち方にしたのは、ただ単に時間が無かったからである。
戦闘初心者がキチンと構える事も出来ない状況で満足に戦えるわけもなく。反撃なんて夢を見ないで、ひたすらに剣で防御をする。掠めた斬撃が痛い。けれど、これ以上後ろに行かせるわけにはいかないし、わたしがこの一人を相手にしていることで前線に立つアスベルさんたちの助けになれば、それで十分。

「この名を以ちて裁け! リリジャス!」

とはいえ、これ以上もう無理……と離れようとした時、目の前に雷撃が落ちた。
それは来る途中で何度か見た、シェリアの輝術。この世界でいうところの魔術、リリジャスだ。
それで怯んだ隙に、わたしは全身の力を込めて相手を突き飛ばす。もともとシェリアの輝術で大きくダメージを受けていたのだろう、それだけで相手は沈黙した。
ほ、と思わず座り込めばシェリアが駆け寄ってくるのが見える。

「シオリ、大丈夫?」
「うん、ありがとうシェリア」

助かった、と少し泣きそうになりながらも周りを見れば、もう他の敵はすべて倒していたらしい。
こっちを見ていたアスベルさんと目が合ったけれど、、大丈夫と判断したのだろう。ひとつうなずいただけで、そのまま解放されてしゃがみ込むフレデリックさんの所へ走った。
フレデリックさんはアスベルさんを見て顔を綻ばせるが、すぐに申し訳なさそうに俯く。

「無事かフレデリック!」
「おおアスベル様、こんな所でお会いできるとは! しかし私は……アスベル様に合わせる顔が……」
「親父の事は聞いた。フレデリックが謝らなくてもいい」
「アスベル様……」

感動のシーン、と言っていいのだろうか。
だとしたら、世の中はそれを歓迎するために待ってやるという事は本当にしないらしい。
坂の上、恐らくは国境砦というのがあるであろう場所から、何か巨大な物がやって来るのが見える。ぼてっとしたフォルムはガタガタと揺れながら、頭に付けた大砲を揺らしていた。全体を青く塗られたそれは、明らかに陸用の兵器である。
平和な時代で生まれ育ったわたしには、教科書や博物館でしか見れないような物。けれど、確かに知っている、怖いもの。……戦争で使う、人を殺すための、兵器だ。

「……なんか、凄いの来たんですけど」
「フェンデル軍の兵器だ!」
「フェンデルはあんなものまで持ち込んでいるのか!?」

あれもフェンデルの物なのかと思わずため息がもれる。
だってあまりにもここの世界観に似合わないものだ。前に出すぎないよう、アスベルさんの半歩後ろまで歩いてよく観察したそれは、どこから見ても科学によって作られた兵器である。
可愛くもなければ、恐怖しか感じない、恐ろしいもの。もちろん、剣なんかで勝てるようなものではない。それが目の前に存在するのを見て、ぶるりと体が震えた。

「あの兵器のせいで我が方は苦戦を強いられています」
「だろうね……てゆうか、あんなのが町に入ってきたら一溜まりもないんじゃ……」
「ああ。なんとかここで食い止めないと」

食い止めるといっても、どう考えても戦って勝てる気がしない。
一つだけなら、もしかしたら魔法とかでなんとかなるのかもしれないけれど。兵器が一つだけとは限らない。事実、後ろからどんどんやってくるのが見えて、思わず後退りした。

「何度か正面からぶつかりましたが、我々の力では勝てそうにありません」
「地形を利用するのはどうだろう? 例えば崖から落とすとか」
「崖……?」
「近くに崖なんてあるの?」
「裏山の花畑が崖になってるんだ。そこならそう遠くない。よし、俺が敵の目をひきつける。その間にみんなは安全な所へ」
「どうなさるおつもりですか?」

バリーさんの問いかけに、アスベルさんはただ、不敵に笑ってみせた。

「こうするのさ」