120.届かない、背中

ザウェートの港について、シェリアとヒューバートくんはすぐにソフィに治癒術をかけ始めた。
港に横たわらせたソフィの体はどこか透明に見えて、今にも消えてしまいそうだ。

「ソフィ! ソフィ! 目を開けてくれ、ソフィ!」
「傷は治ったはずなのに、意識が戻らないなんてどうして……?」

目覚める様子のない彼女に、わたしは思わず泣きそうになる。
わたしだけじゃない、みんなもだ。
ヒューバートくんやマリクさんだって、いつものように不安を隠す事が出来ないでいる。

「う……」
「ソフィ!」
「気が付いたのね? 良かった!」

だからソフィがぼんやりと目を開いた時、わたし達はすぐに反応した。
意識がまだぼんやりしているらしい彼女は一生懸命に辺りを見ようとする。

「ア……スベル……? シェリ……ア……? わたし……どうしたの……?」
「リチャードに攻撃されて意識を失っていたんだ」
「リチャード……どうなったの……? シオリは……?」

名前を呼ばれて、情けなくも泣きそうになってしまう。
わたしはヒューバートくんの隣に座り込んで、ソフィの手を握った。
微かに握り返されたそれに、思わず笑顔が零れる。

「わたしは……ここにいるよ、ソフィ」
「リチャードは……いきなり湧き出した繭のようなものに飲み込まれて……でもまだ死んだと決まったわけじゃない」
「リチャード……う、うああああああ!」

急に叫び出したソフィに、わたしはもちろんシェリアも強く彼女に呼びかけた。
苦しそうに身をよじるソフィの手の感触が消えていくような変な感じがして、落ち着くまで強く強く手を握る。

「ソフィ! しっかり!」
「うううう……はあ……はあ……みんなは……みんなはどこ……?」
「え?」
「みんな……どこ……? どこにいるの……?」
「ソフィ、あなたまさか、目が……」

見えないの、という言葉を、シェリアは飲み込んだ。
代わりに空いていたもう片方の手を握ってやる。ソフィの目はわたし達とはどこか違う方向を向いていて、わたし達を映してはいなかった。

「……っ!」
「ここにいます、ソフィ」
「全く見えないのか?」
「……みんなの顔……少しずつ……ぼんやり……していくの……」
「攻撃を受けた後遺症かな……まさか……このまま放っとくといつか完全に……」
「ソフィ……」

シェリアが再び治癒術をかけるが、効果は全く無い。
彼女は悔しそうに悲しそうに苦しそうに、その事を訴えた。

「だめ、術が全く効かないわ」
「どうすればいいんですか? 何かいい手は……」

ヒューバートくんもアスベルも、何も出来ない事に悲しみを抑えられないようだ。
まだ十八……わたしにとって高校生のまだ子供といえる年齢の彼らは、それらしく助けを求める目をパスカルやマリクさんに向けた。
……その答えを、二人も持っているわけでも無いとわかっていても。誰かに、助けを求めることしか、できなかった。

「とにかく宿に連れてこうよ。こんな寒い場所にいちゃ、だめだ……」

わたしはなんとかそれだけを言って、手を引く。
……ソフィを守るどころか傷つけようとした自分を、呪った。