123.言えない、言葉

フォドラへ行く為に、アンマルチアの長老から存在を教えられた、ストラタにあるというもう一つの英知の蔵に行くことが決まった。
わざわざここまで来てくれた長老に礼を言って、外に行ったシオリを迎えに俺だけ別行動をする事にする。全員で行っても余計に追い詰めることになるだろうから、という判断だった。
ヒューバートやシェリアから「ゆっくりでいいから、絶対連れて来て」と言われ、宿から出る。
……あんな風に取り乱すシオリは、初めて見た。
ベラニックで弱音を吐いてくれた時も、彼女はあんなに取り乱したりはしなかった。ただ静かに、俺にしがみついただけだ。大丈夫だと言って全部を飲み込んでしまう彼女がああして声を荒げるほど追い詰められていたことを、俺はもちろん、彼女に追求せざるをえなかったヒューバートも、シェリアも、パスカルも、教官も。……ソフィも、心配している。
今も一人、港とは反対方向の街の出口に座り込んでいる彼女を見つけて、言いようのない悔しさが込み上げた。
ソフィも守れず、シオリが抱えているものも持ってやる事が出来ない。二人とも大切な人なのに、何も出来なかった。それが悔しい。

「……シオリ」

名前を呼んで、ようやく彼女は俺に気付いたようだ。
微かに「……アスベル」と名前を呼び返したのが聞こえる。
だが顔が見えない。振り返ってくれないからだ。こちらを見ようとしない彼女に、俺はなるべく何時も通りに話しかけた。

「アンマルチアの長老に会って、もう一つあるという英知の蔵に行くことになった。セイブル・イゾレにあるそこなら、フォドラの事もわかるだろうと……」

無言。
聞いてはいるのだろうが、返事を返してはくれない。

「……ついて来て、くれないか?」
「……ちょっと待って、今顔酷いから」

恐る恐る聞けば、べしべしと自分の顔を叩き始める。
その声は弱々しく震えていて、初めて聞く声のようだ。
それにまた、堪らなく悲しくなる。

「ごめ、ごめんねアスベル。まだちょっとグラグラしててさ。先行っててもいいよ、後から追いかけるから」
「いいさ、待ってる。じゃなきゃまた迷子になりそうだしな」
「あはは、言い返せないなぁ」
「シオリ」

泣かないでくれ、と言おうとして止める。
彼女はきっと、泣いてないと言い張るだろうから。知っているんだ、それくらい。ちゃんと。
だから、ただ、ここから声をかける。振り返ってくれるのを、じっと待つ。

「……前にも言っただろ。俺は、もっとお前の事で悩みたいって。もっとお前に頼ってほしいって。だからシオリ、頼むから……そんな風に、一人で泣かないでくれ」

無言。
しばらくの間を置いて、微かに。
本当に消え入りそうな声で、シオリはポツリポツリと声を漏らした。

「……わ、たし、わたしが、わかんないよ」

ぎゅうと自分の腕を強く握って、自分を抱き締めるようにうずくまる。遠目からでも、その指が赤くなっていること、震えていることがわかった。
きっと、今にも泣きそうな表情をしているだろう。でも彼女はそれを絶対に見せようとしない。いつもは博愛主義者だなんだと自称して距離を詰めてくるくせに、こうしてしっかりと線を引いて、自分には誰も近付けさせないのだ。
誰のことも好きだっていうのに、誰からも好きだって言わせない。
そんな、彼女との間にある距離に、けれど俺はまだ踏み越えることはできなくて、ただ黙って、彼女の言葉を聞いた。

「急に体が動いたの。急にソフィを殺さないとって思ったの。そしたら勝手に体が動いて勝手に……なんで、なんでそんな事したんだろ。なんで、わたし」
「シオリ……」
「わたし、もうわたしがわかんないよ……っ何を忘れてるのかも結局わかんないし、色々とおかしいし、もうやだ、やだよもう……わたしなんか!」
「シオリ!」