127.手の中は、空っぽではなくて

ベラニックを越えて、まずラントとの国境の橋を渡る。
それから入った海辺の洞窟というのは、聞いていた通りあちこちが浸水していて直接泳がなければなかなか進めないようになっていた。
ざばんと音を立てて水の中を渡る。

「あ、意外。ちゃんと足は着くんだ」
「なんだ、シオリは泳げないのか?」
「そういうわけじゃありません! ただ、足が着いた方が安心だし……ソフィにも、あまり負担がかからないから」

からかってきたマリクさんに即座に反論する。
確かに自信がそこまであるわけではないがちゃんと泳げるはずだ。
……こっちに来て身体能力が上がるなんてサービスはこれっぽっちも無かったが、下がるなんて事も無かったので大丈夫だと信じている。
ちらりと、ソフィを見た。アスベルにおぶられる形で水の中を渡る彼女は相変わらず顔色が悪い。
あまり彼女に近付く気になれなくて、でも気になってしまってぼんやり眺めていれば、隣から大きなため息が聞こえた。
当然、マリクさんのだ。

「……あまり、あからさまに避けてやるな」
「そんなつもり、無いんですけどね」

アスベルと話すシェリアを見る。
シェリアはソフィに優しく微笑んでる。
……ソフィを、本当に大切に思ってる。
それはシェリアだけじゃなくて、このパーティの全員が思ってることだ。わたしだってソフィは大切。だから怖い。怖いんだ。
みんなに……アスベルに、いつか、“敵”として認識されたら。
そう思うと怖くて……前みたいに、近付いていけなかった。

「……まったく、仕方ないな。これだから最近の若い奴らは」
「え? うわたあっ!?」
「うおっ!?」

どんっと背中を押されて、ばっしゃんと大きな水音をたてながらアスベルの背中に勢い良く顔をぶつける。
ちょうど、ソフィのことをおろしている時だったらしいからよかったけれど、ソフィにぶつかったらどうするつもりだったのだろう。マリクさんを睨むけれど、彼はどこ吹く風だ。

「ご、ごめんアスベル」
「い、いや……」

なんとか謝って、だけどなんだか頭の中がぐるぐるする。恥ずかしい。あとでマリクさんに文句言ってやる。とりあえず何か言わねば離れなければ。しかし、なんだか緊張して動きにくい。
何かないかと思わず辺りを見渡して、隣に立っていたシェリアと目があった。クスクスと笑いながらわたしを見るシェリアは、その背中にソフィをおぶっている。

「……あ、シェリアがソフィをおぶってるんだ」
「ええ、今はこの子の重みを感じていたくて」

そう微笑む彼女はまるでお母さんみたいで、少し……眩しいな、なんて思う。
また申し訳なくなって、少し目を逸らして俯いてしまう。
そうすれば、アスベルとシェリアが同時にはあ、とわざとらしいため息をついた。

「……シオリ、無理するなら、もっといつもみたいにわかりにくくしなさいよね」
「え?」
「じゃなきゃ私、とことんまで構いたくなっちゃう」
「そうだな。いつもならここで「わたしがソフィをおぶるよ」くらい言うはずだし」
「それに、水に濡れてみんな服がびしょびしょなのに何のリアクションも無いなんて異常よ。全然大丈夫じゃないわ」
「ちょっと待って、わたし二人の中でどんなキャラになってんの?」
「とにかく」

ぽん、と頭に手を置かれる。
今まで何度も感じた暖かいアスベルの手。

「頼むから、そう無理するな。二人だけにならなきゃ気が抜けないなら、いくらだって相手するから」
「そうよ。……シオリの力になりたいのよ、みんな」

優しく笑う二人に、一瞬どろり、と何かが胸の中で蠢いた気がする。
それはわたしの不安が和らいだ音だったのかもしれないし、逆に不安が増した音だったのかもしれない。
わからないけれど、言いたい事とかはたくさんあったけど、でもやっぱり嬉しくもあったから。

「……うん、ありがとう」

にっこり、ちゃんと、笑えた。