134.信じて、くれるの

「シオリ」

ソフィを寝かしているというアスベルとヒューバートくんの部屋の前で、ふとアスベルがわたしを呼んだ。
いつもより若干低い真剣な声に、ああソフィの事かな、とぼんやり思う。わたしはあからさまにソフィを避けている節があるらしいから、きっとそれだろう。
予想通り、アスベルは少しだけ眉尻を下げてソフィの事を口にした。

「ソフィの事は、決してお前のせいじゃない。だからそんなに……」
「大丈夫だよアスベル。わたしは大丈夫。ちゃんとわかってる。ただ……ちょっと、自分が信じられてないだけだよ」

だから被せるようにして答えを言う。
気にしないでと、これ以上その話をしたくないと、言葉裏に含めて。
それが伝わってくれたらしいアスベルは口を噤んだが、代わりだと言わんばかりにヒューバートくんが眼鏡を押し上げた。

「また、ソフィを攻撃してしまうかもしれないという事ですか」
「……自分の意志じゃ、なかったんだもん」

自分の意志じゃなかった。
無責任で曖昧で馬鹿みたいな言葉だ。
信じるに値しない。次は大丈夫とも言い切れない、最悪な言葉だと、自分でも思う。
でもそれしか言えない。それしか、わたしにわかることはない。何が原因かはわからないけれど、わたしは「自分の意志に関係なくソフィを攻撃するかもしれない」ということだけが、今わかっていることだ。
だからヒューバートくんも続きの言葉は紡がなかった。
そりゃそうだ。なんて言えばいいかわからない。わたしだってわからない。これでお話は終わりだよ、と手を叩こうとして、やめた。ううん、止めるしかできなかった。
その言葉を、遮られたから。

「でも、俺は信じる」

相変わらず真っ直ぐに、アスベルがそう言った。
あの綺麗な瞳に強い光をたたえて、わたしを真っ直ぐに捉える。

「シオリが自分を信じられないなら、俺がシオリを信じる。その代わりに、シオリは俺を信じてくれ。……それならいいだろ? だから、頼むからそんなに距離をとらないでくれ」

す、と伸びた手はわたしまで届かなかった。わたしが手を伸ばしてもきっと届かないだろう距離がここにはある。
いつもなら、伸ばせば届く距離にいたはずなのに。わたし、知らないうちにこんなに距離をとっていたんだ。
それに気付いて、わたしはぽかんとアスベルを見た。きっと間抜けな顔をしてる。だというのに、彼はまだ、わたしをまっすぐに見ているから。なんだかどうしようもなくなって、わたしは苦笑した。

「……ヒューバートくん。君のお兄さんは本当に口説くのがうまいね」
「……ぼくも、少し驚きました」
「な、なんだよ二人して。俺は真剣に……」
「いや、からかってるわけじゃなくて」

ゆるゆると首を振って、未だに伸ばされたままの手を見る。
剣を握ってきた力強い手。暖かい手。アスベルの手。
わたしは暫くそれを見つめて、それからゆるりと笑った。
うん、うん、大丈夫だね。だってアスベルが言ってくれるんだもの。ならきっと、大丈夫だね。

「ありがとうアスベル。そうだね、アスベルが言うなら……大丈夫かな」

だって、あなたの。
……大好きな人の、言葉だもん。