「ソフィ……なの?」
フェンデルの軍人が外に逃げたことと、兵器が完全に停止したことを確認している間、アスベルさんとシェリアは呆けたように少女を見つめていた。
少女も二人を見つめて返しているが、二人のように疑問と感動が混ざったような複雑な色を浮かべておらず、ただ見つめられたから見つめている、という様子である。
「ソフィのはずがない」
そう言ったアスベルさんの声は、固い。
まるでそうであろうとするような声に、わたしは黙って二人に近付いた。
「そんな事あるわけがない……ソフィはあの時……七年前に死んだんだ……」
「ソフィ……?」
「でも……まさか……記憶を失っているのか?」
ぼんやりと名前を繰り返した少女に、アスベルさんは少し考えるように少女を見る。
ソフィ、という単語を、どこかで聞いたことがあるように呟いた彼女だが、自分の名前だと認識しているわけではなさそうだ。
そして、誰の名前だと問うこともなければ、自分の名前だと認めることもない。先ほどの機敏な動きなど嘘みたいにぼんやりとアスベルさんたちを見る彼女は、彼の言う通り、記憶自体が無いかもしれない。
「見てほしいものがある。こっちへ来てくれ」
何かを確認するように、そう言って彼女の肩を抱いて花畑の奥へと連れて行くアスベルさんに、シェリアと顔を見合わせてから追いかける。
彼が向かったのは、花畑の崖っぷちに立つ大きな木だ。
崖際の飛び出た大地にしっかりと根付いているそれは、太い幹という事もあって不安定さは感じない。
アスベルさんはそっと、その幹の下の方に刻まれている傷跡を撫でた。
その傷跡は、なんとなく文字のように見える。アルファベットに近い気もするけれど、違う文字だ。わたしの知っているどの英単語の組み合わせとも違っていて、何が書いてあるのかはっきりとはわからない。
「七年前にリチャードが来た時、ここでソフィも交えて三人で友情の誓いをやったんだ。この木の幹を見てくれ。どうだ? 何か思い出さないか?」
友情の誓い。
それは確か、木に名前を刻めば、自分達はずっと友達でいられるというものだ。
なるほど。では、木に刻まれている文字はアスベルさんたちの名前なのだろう。
少女はじっと木を見るていだが、程なくして首を横に振った。
「わからない。でもこの木を見ていると不思議な気持ちになる。とても大切なものを見ているような、そんな気になる」
「どういう……こと?」
「えと……この子にそっくりなソフィさんは、その……いなくなっちゃったんだよね? なのに、今の言い方だとまるで……」
まるで、“死んだソフィ”のようだ。
その言葉は、音にせずに飲み込んだ。
だってソフィさんは死んでしまった。そう聞いている。けれど、この何かを知っているような感じは、まるで一度死んだけれど、再び記憶を失って生き返った、かのように感じてしまって……だがそれは、普通なら有り得ない事だから、言葉にできない。
二人も、きっと考えることは同じだっただろう。けれど、それがわかっているから何も言わず、ただただ悲しそうに少女を見た。
「ああ……常識的に考えればソフィ本人ということはありえないと思う。だが赤の他人というにはあまりにも……あまりにも似すぎている」
辛そうな表情の二人に、その“ソフィ”がいかに大事な人だったかわかる。
……でも、わたしはソフィを知らない。だからこれ以上は何も言わず、ただ黙って彼らを見守った。
こういう時に、自分が二人を全く知らないこと、異世界の人間であることを痛いほど痛感する。
わたしは“余所者”なのだと、言われているようで、ちょっとだけつらくなる。
「なぁ、これからどうするんだ? 良かったら一緒にこないか?」
そうアスベルさんが優しく言えば、少女は黙って頷いた。
さあ行こう、とアスベルさんが彼女の頭をポンと撫でれば、何か違和感でも覚えたのだろうか。少女は不思議そうに撫でられた頭を抑えて首を傾げる様子は愛らしくて、肩の力が抜ける。
「そうした方がいいわ。ここにいたら危ないし」
「よし、急いで町へ戻ろう。あれから皆がどうなかったかも心配だ」
「さぁ行きましょう」
シェリアに肩を押されても尚、不思議そうに自分の頭を触っている彼女の後をついて行こうとして、ふと、足元に黒い塊が落ちているのに気付いた。
しゃがみ込んで拾ってみると、それが何かの種であることがわかる。
「花の種……?」
「それは……クロソフィの種だ」
「クロ……ソフィ?」
「昔、自分の名前すら覚えてなかったソフィの名前を、その花からもらったんだ」
そう教えてくれた彼はとても優しい顔をしている。遠く、大切な思い出を柔らかく抱きしめるようなその表情に、わたしは何故か無性に切なくなってしまった。
けれど、わたしまで感傷的になったら、きっとだめだ。当事者でもないし、ソフィさんだって、別に彼らに悲しそうな顔をしてほしいなんて思わないだろう。
だからわたしはわざと笑って、その種をアスベルさんの手に渡した。
「へぇ……じゃあこの出会いは、そのソフィさんが導いてくれた縁なのかもね」