174.エメロードと、フォドラ

呻き声を上げて、リチャードが座り込む。
思わず彼に駆け寄ろうとしたアスベルを遮り、ソフィは真剣な眼差しでそれを見た。
リチャードの体から、黒い球体のようなものが浮かび上がる。靄に囲まれたそれが離れるとリチャードは再びいつもの姿に戻り、更にそれは上へ上へと登って行く。

「あれが、ラムダの正体……?」
「人の形になろうとしているのか?」

ヒューバートくんがポツリと呟いたそれはやがて白い光になって、人の形を形作っていく。
一歩、ソフィが踏み出した。

「ラムダ……これがわたしの……わたしの……使命……」

ちらりとこちらを見た彼女は、だがすぐにまたラムダを見て……そして、光を纏った。
強い強い光。
花畑で、ラントで、幾度と見たあの光。
ずっとわたし達を守った光。
だが何故か嫌な予感に駆られて、思わず彼女を呼んだ。

「ソフィ?」
「何をするんだソフィ」
「みんな……さよなら。ラムダを消してわたしも……消える!」
「ソフィ!」

駄目、と駆け寄ろうとして、目の前に雷が走った。
緑を帯びたそれはソフィに命中し、彼女を地面に倒す。
その光は……エメロードさんの手から、放たれていた。

「エメロード!?」
「そこまでです、プロトス1」

手中から雷を放ったエメロードさんを、ソフィは信じられないと睨む。
何が起こっているのだろう。
確かにエメロードさんをまるっきり信じていたわけではなかったけれど、何故このタイミングで……!

「な、何を……」
「ラムダごと対消滅しようとしていたのを阻止したのですよ」
「対消滅?」
「ラムダも消えるけど、ソフィも消えちゃうって事!?」
「ソフィ、あなた……」

悲鳴じみたみんなの声に、ソフィはただ俯くだけで返す。
それは肯定だ。
彼女は何も言わず、エメロードさんに向かって高く跳躍し……だが彼女の張ったシールドのような物に弾かれて地を転がった。

「ソフィ、大丈夫か?」
「何故……邪魔をするの……わたしの命と引き換えにラムダを完全に消滅させる。その機能を付けたのはエメロードなのに」

泣きそうにエメロードさんを見上げるソフィを、エメロードさんは冷たく見下ろす。
嫌な予感は、それだった。

「……その話は、本当なんですか?」
「その通りです。プロトス1はラムダと対消滅させるために作られたのです」
「そんな……」
「しかし、もうその必要は無くなりました。何故なら……今やラムダは、消滅させるには惜しい存在に進化したからです」

うふふ……と綺麗な笑みを零して、彼女はゆっくりとラムダに向き直る。
そして力一杯に両手を広げ、声を上げた。

「来なさい! ラムダ!」

強い言葉。
それに惹かれたように黒い靄はエメロードさんを囲み、彼女を優雅に空に浮かべる。
そして、ゆっくりと黒い霧が彼女の体に飲み込まれたかと思うと、その瞳が片方だけを赤く染めあげ、優美な笑みを浮かべた。

「エメロード……自分からラムダを取り込んじゃったの?」
「ああ……無限の力が溢れてきます……ラムダの新たな命を生み出す力は私の知恵によって生かされ、フォドラに希望をもたらすのです。私の意思のもとに生み出される新たなフォドラの命達はどの生命体より優れている筈。あなた方は……この大いなる目標の一過程に携われた事を感謝すべきです。その尊い犠牲が、我がフォドラの歴史に刻まれるのですから……!」
「もしかして、エメロードの狙いはラムダの生命力と、この世界の大輝石の原素?」
「さすがアンマルチアの末裔。いい洞察力ですね」

笑う仕草は、確かにエメロードさんだ。
ラムダの意思ではなく、エメロードさん。
わたしたちを、ソフィを助けてくれた彼女のものであるけれど。その言葉は、とても今まで一緒にいた彼女とは思えないくらい、フォドラのことだけしか考えていない、道具すらも使い捨てるような、身勝手な言葉だ。

「この原素はフォドラの人間である私にこそ活用する権利がある。エフィネアは本来、フォドラに従属すべき植民衛星。フォドラ復活のために、エフィネアが全てを差し出す……美しい物語ではありませんか。そして……その物語の主役は私です。同時に、私は主役でありながら物語を紡ぐ神になるのです。ラムダも、エフィネアも、フォドラも……全てが私の意のままに描かれる! ふふふ……あははは! あなた方はいわば名も無き端役」
「そんな事……させません」
「それとも……哀れな道化としてここで死にますか?」

ぐ、とみんなが再び武器を構える。
わたしも気休めに折れた剣を持ち、だが詠唱するための準備をする。
そしてエメロードさんは……また、ラムダに憑依された時のリチャードのように、にいと口角を持ち上げた。

「ああ、そうでしたね。あなたにはおとなしくしていただかないと」
「……っ!?」

ずくりと、心臓が軋んだ音を立てた。