176.終わる、感覚

誰かが泣いているような気がした。
雨の中で、たった一人で泣いているような気が。

───なんで泣いているの?

彼は答えてなんてくれない。
それでも良かった。
もう、このまま終わるような気がしているから。
終わるなら、それでいい。
それでだって、いいんだ。

───本当に、良かったのかな。
───だって、だってわたしは。

まだ、心残りがあるのに。
したかったこと、あるのに。
だから、君に泣かないでほしい。
どうかどうか泣かないで。
約束しよう。
だからもう、大丈夫。



「ラムダを消さないと……消さないとっ!」
「ソフィ! お前は……自分のやろうとしている事の意味が本当にわかっているのか!? 自分が消えてもラムダを倒す……それは死ぬって事なんだぞ!」

声が聞こえる。
こんな風に微睡んでいる時にいつも聞こえる声とは違う声。

「それが……わたしが作られた理由だから」
「ラムダが倒す為に死ぬ事がお前がこの世に生まれた理由だっていうのか!?」

聞き慣れたはずの声達が、聞き慣れない強張った声色でわたしの耳に届く。

「ん……」

ぼんやり目を開けると、みんなの姿が見えた。たぶん、何かを話し合っている。僅かに感じる振動から察するに、ここがシャトルの中だと気付く。どうしてシャトルの中にいるんだろう。みんなは、何を話し合っているのだろう。
確かラムダ繭の中で、リチャードからラムダを引き剥がして、それで……そうだ、エメロードさんが。
だんだんとはっきりしてきた頭に、リチャードとエメロードさんはどうなったのかと疑問が残る。
ラムダは、ソフィは。

「なんなんだよそれは!」

誰かに聞こうとした時に響いた声に、わたしは思わず体をすくめた。
前に聞いた事のある怒声。シャトルに響いたこれは、アスベルのものだ。
ちらりと見れば、アスベルとソフィが互いを強く睨んで口論しているのがわかる。
どうしてこうなっているのだろう。わたしがちょっと意識飛ばしている間に何があったのだろう。だってあのアスベルがこんなに怒っている。しかも、ソフィを相手にして、声を荒げている。

「使命ってなんだよ……そんな使命なら忘れたままで良かったじゃないか……!」
「……ラムダを倒さない限り、オレ達に未来がないのは確かだ。その切り札がソフィだった……一体オレ達はどうすればいいというのだ……」
「……他に方法はないの? ソフィが犠牲になる以外にラムダを倒す方法は?」
「ねぇなんかあるでしょ? そうでないと悲しすぎるよこんなの」
「わたし以外にラムダは消せない」

自分は人間じゃないから。
だから怖くない。
それが使命。
果たさなきゃいけないこと。

そう繰り返すソフィの意思は固い。だからみんなが悲しそうにしたって理解しない。聞こうとしない。
話の前後はわからないけれど、その気持ちだけは伝わってきた。そうだね、ソフィ、とても頑固だものね。
でも、ラムダを消せないって……ラムダを消すためには、ソフィを犠牲にするしかないって……それはいったい、どういうこと?

「アスベルはわかってない。アスベル達じゃラムダは消せない!」
「わかってないのはお前だソフィ! お前は自分が犠牲になればそれで全部が解決すると思ってるんだろう。そうじゃない! それじゃ解決になんて全然ならないんだよ! お前は何もわかってない! 自分ひとりでなんでも解決できると思っている、人の話を聞かない頑固者だ!」
「わたしは……やらなくてはならない事をやろうとしているだけ。わたしの邪魔をしないで」
「邪魔って……お前なぁっ!」
「兄さん!」

今にもつかみかかりそうなアスベルを、ヒューバートくんが止める。
アスベルは耐えるように顔を歪めて、だが強くソフィを見据えた。

「いいか、ソフィ。俺達は絶対にあきらめない。あきらめないからな!」

強く強くソフィを見るアスベルを眺めて、わたしはとりあえず、今までの流れをどうやって聞こうかと、起きたことすら伝えられないまま頭を悩ませた。