「ふぃー。危なかったねぇ。大丈夫?」
一瞬にして広い空間に出た、と思った瞬間、脱力しそうなほど明るい声が鼓膜を震わせた。
わたしの腕を掴んだままのその人は。知らない女の人だ。わたしと同じくらいだろうか。ショートカットの跳ねた髪は白から赤へのグラデーションできれいだ。
先程の輝術は彼女の魔法だろうか。とすると、わたしはピンチを助けてもらった、ということだろう。なんだかぼうっとしてしまって、ずいぶんとゆっくりとした思考で、とにかくお礼を言わなくちゃな、と思って彼女を見る。
「あ、えっと……」
「あたしパスカル! たまたま通りすがってびっくりしちゃった。……て、大丈夫じゃないよ! すっごい血出てるじゃん!」
「あ、本当だ」
自己紹介の途中で、パスカルさんは大袈裟に体を仰け反らせた後、慌てたようにわたしに飛びついてくる。これ大丈夫なの、痛くないの、と繰り返される言葉に、あ、そういえばさっき魔物の攻撃を受けたんだっけなあ、と能天気に考える。
だって、なんか、痛くない。
もしかして思ったより怪我なんてしてなかったのかな、と自分の体を見て、うげ、と思わず声が出た。なんともまあ、悲惨な状態である。
肩から腹の部分にかけてべっとりと血が染みているし、服のあちこちも切れてぼろぼろになっている。しかもところどころ赤く滲んでしまっているし、たぶん、これ全部わたしの血だ。
でもおかしい。こんなに血が出ているのに全然痛くないし、別に血が足りない感じもしない。痛すぎて痛覚が麻痺しているのだろうか、そんな状況にも関わらず痛みをあまり感じない。
どうすればいいかとオロオロしていると、パスカルさんがあれ? と首を傾げながらわたしの肩に触れた。
「……あれれ? でも、傷跡は無いみたいだね?」
「え、うそ」
ほら、と言われて服をまくってみれば、確かに服が汚れているだけでどこにも傷跡は無い。あちこち見てみたけれど、やっぱりどこにも存在していなかった。
だから痛みも無かったのか。傷がないなら当然だ。
納得したら、次は何故という疑問が頭を占める。だって、怪我をしたのは本当だ。間違いない。
「こんだけの血が魔物なわけないよねぇ。みんなピンピンしてたし……超治癒力とかそんな感じ? うわっ凄い!」
「ま、まじで? トリップ特典は超治癒力だったの!?」
「うっは〜凄い凄い! 君、面白いね! ね、ね、名前は? 名前なんてゆーの?」
「雨宮潮流っていうんだシオリって呼んだけて!」
「わかったシオリ! 体触っていい? 何が違うのか触ってみたい!」
「構わないよパスカルさん可愛いから!」
なんだかもう勢いで盛り上がって、やったーと万歳してみる。なぜかその場でくるりと一回転したパスカルさんも同じように盛り上がったうえに抱きついてきてくれたので、もうこのまま止まらないことにした。
まぁ仕方ない。仕方ないさ、仕方ない。
そう言い聞かせて無理やり落ち着く。落ち着いたことにする。
よくわからないけれど、わたしはたぶん、怪我をしてもすぐに治る、のだと思う。そうでなければこの服の惨状と実際の怪我の状態に説明がつかない。さすがにお試しで怪我をしてみるなんてことはできないからすぐには確認できないけれど、そんなに見当違いな推測ではないだろう。
幸いなことに、これまではあまり怪我をしなかったのでわからなかった。
ひとしきり騒いで、なんかノリで二人で踊って。ようやっと本当に落ち着いたころになって、そういえばここはどこなんだろう、と周りに目を向けた。
先ほどとは違う場所に連れていかれたというのは知っていた。でも、ここは先ほどまでとあまりに違う。薄暗いそこは随分と広い場所のようだし、あちこちには謎の力で岩が浮かんでいる。
「……ところでパスカルさん、ここどこ?」
「ああここ? さっきいた地面の下にある遺跡だよ。とりあえず逃げるならここがいいかなって」
遺跡、なのか。この世界の遺跡は岩が浮いて、なんか、不思議な色をしたパネルというか、空間というか。広すぎる地下空間にあるもの、なのか。
不思議だ。でもまあ、剣と魔法の世界ならこれくらいは許容範囲だろう。ダンジョンだと考えれば、うん。たぶん、基本的な遺跡、なのだ。
わたしはとりあえず、今はそう理解しておくことにした。
「……地面の下ってことは、ウォールブリッジの下も通ってるかな。わたし、バロニアに行きたいんだけど」
「んー、これくらいの広さなら行けてもおかしくないんじゃないかな。あたしも初めて来たからわかんないや」
そっか……と肩を落とす。
都合のいいことは、やっぱりそうは簡単に起きないらしい。まあ、もし仮にバロニアまで行けるとして、この広い地下遺跡を迷わず移動できるかと問われると首を横に振ることになるし、仕方ない。
なんだかここに来てから仕方ないとあきらめることが増えたなあ、とちょっと苦笑していると、パスカルさんはそうだ! と指を鳴らした。
「でも、どうせここも調べてみる気だったし、行けるかもしれないしね。シオリ一人は不安だから、あたしも行くから散策してみようよ」
「え、いいの?」
「もっちろん! 旅は道連れって言うしね!」
「ありがとうパスカルさん!」
それは願ったりかなったり!
ありがとうと手を握れば、その代わり敬語もさん付けもなしね、と言われて、照れながらも了承した。