「そういや、なんでシオリは前線で戦ってるの? シオリって体力ないし慣れてないみたいだから、あたしみたいに後衛タイプだと思うんだけど」
歩きながら、実は気にしていたことを指摘されて、う、とうめく。
それは、その通り。わたしは前線で戦うような人間じゃない。性格的にも後ろに引っ込んでいたいし、殴る蹴るみたいなこともしたことがないから戦い方なんて全然見当もつかない。
ただ、さっきは一応、パスカルが後ろにいたし、詠唱中だけでも守らなきゃと思って前に出ていた。防御くらいならできるし、怪我してもすぐに治るから俗にいう壁役としての相性はいいと思ったし……まあ、攻撃力は皆無なので、やっぱり、意味は、ないんだけど。
「これ、もともと盾にしろって言ってセール品だったのを貰ったんだよ。だから下がれるなら下がるけど、輝術だっけ? のやり方もわかんないしさ。できることを〜と考えたら、あんな変な動きに」
「なるほどね〜。じゃあ、あたしが教えてあげようか? なんか見てて危なっかしいよ」
「え、誰でもできるの? ……じゃあ、まあ、あんまり難しくないのなら、お願いしようかな」
「パスカルにまっかせなさ〜い!」
魔法、というか、この世界でいうところの輝術というやつ、てっきり何か特別なことをしないと使えないと思っていたのだけれど、どうやら勉強すれば誰でも使えるらしい。
それはうれしい。魔法、ちょっと、興味あるし。憧れというか、夢があるよね、うん。
そうしてわいわいと賑やかに道を進んでいれば、ふと、アスベルさんがじりじりと距離を縮めてきていることに気付いた。彼はいつ敵が飛び出してきてもいいように、前の方を歩いていたはずなのだけれど。気付けば、先頭にいるのはソフィちゃんで、その後ろにリチャードさん、そしてわたしとパスカルのすぐ目の前にアスベルさん、という順番になっていた。
何か話があったりするのだろうか。ちらちらこちらを見てくるアスベルさんと視線を合わせると、彼は少し、拗ねた子供のような声を出した。
「それで、シオリはどうしてシェリアとパスカルは呼び捨てなんだ?」
「へ?」
思ってもいなかった質問に、わたしは思わず素っ頓狂な声をあげた。
わたしを見つめてくるアスベルさんの目は真剣だ。真剣に問いかけている。どうして呼び捨てなのだ、と。
なんでそんなこと気にしているんだ。
「シェリアはお友達になるなら呼び捨てねって言ってきたし、パスカルは一応同い年だから……かな?」
「なら俺は年下だ。しかもシェリアと同い年なのに、俺は呼び捨てじゃないのはなんでだ?」
「なんでって、えっと……だ、男女の違いというのがあって……」
じとー、と見られて、言葉に詰まる。
呼び捨てしてほしいと、目が訴えてくる。
それと直視することなんてとてもできなかったので、必死に目を逸らすけれど。それを許さないとばかりに何度も名前を呼ばれるので、わたしは耐えきれなくなって半ば叫ぶように返した。
「お、男の人を呼び捨てにするって恥ずかしいんだもん! 仕方ないじゃんか!」
「恥ずかしいって……そんなに気にするような事じゃないだろ」
「気ーにーしーまーすー!」
確かにわたしも二十二歳。初心で夢見がちな乙女ではないけれど、特に彼氏も彼女も出来なかったわたしには、年下とはいえ異性を呼び捨てにするのはとても恥ずかしい。
人と話すのは好きだ。仲良くしてもらうのも好き。相手が喜ぶような言葉を考えて口にするのも好き。でも、それとこれとは話が違うのだ。誰とでも仲良くお話できるからこそ、呼び捨てというのはちょっと特別に感じるもので云々。しかも異性なら変な勘違いされないためにも適切な距離というのが云々。
ぐちぐちと言い訳を並べれば、くすくすという笑い声が聞こえてくる。笑い声の主はリチャードさんだ。上品な仕草で、彼は優しく微笑んでいる。
「アスベル、パスカルさん達に嫉妬かい?」
「なっ!」
あからさまに顔を赤らめたアスベルさんは、その後ぼそぼそと言葉を紡ぐ。「だって、この中では俺が一番最初に出会ったのに……」と続くのを聞いて、まあ、そうだろうな、と納得はした。
この会話の流れならやきもちだろことは想像できたので、別にわたしは驚かない。小さい子供によくあるよね、ぼくの方が先に会ったのに、みたいな。だからって、呼び捨てにする、とは、言わないけど。
「じゃあこうしたらどうだろう? シオリさんは随分と心配をかけたみたいだし、罰ゲームで今後アスベルを呼び捨てにするというのは」
「ちょっ、リチャードさん!?」
いきなり何を提案するんだ! と食ってかかれば、アスベルさんが目を輝かせる。
ああ、やめてくれ。その笑顔はわたしに効く。そんな大型犬がしっぽを振って見上げてくるみたいに、わたしを見ないで。
逃げ出そうとするけれど、リチャードさんもそれはそれは素敵な笑顔を浮かべているから、逃げ場がない。パスカルはソフィちゃんにばっか構っているし、別にいいじゃん、って返してきそうだし。もうだめだ。
「いいな、それ。よしシオリ。ちゃんと呼ばなかったら今後一切返事しないからな」
「う、え、えぇ〜?」
いやいや、と両手を振って距離を取ろうとするが、簡単に手を掴まれてにっこりと笑顔を向けられる。
呼び捨てにされるのが楽しみでたまらないといった表情だ。
「あ……」
わくわく、とした笑顔に、逆に言葉がつまる。
名前を呼ぶだけでいいとわかっているが、だからと言ってそれがすぐに実行出来るわけではない。
わたしは暫く「あー」だの「うー」だの呟いて、たどたどしく言葉を紡いだ。
「あ、アス……アス……ベル……さん」
「……」
「う、あ、ああぁあぁ〜……」
何故こんなドキドキするんだ。
何故こんなに恥ずかしいんだ。
何故こんなに楽しみにされてるんだ。
色々頭がぐちゃぐちゃしてくるが、言わなければこの時間は終わらない。
ええい、ままよ。体中が熱くなるのを感じながら、わたしはぎゅっと目を閉じた。
「……っアス、ベル」
ぼそり。
小さく、本当に小さく呟く。
だがそれはちゃんと彼に届いたらしく、ふわりと嬉しそうに微笑まれた。
「ああ、シオリ」
「〜〜〜〜っわたし! ソフィちゃんとパスカルの傍にいるから!」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
その笑顔を見た途端に一気に騒ぎ出した心臓に、わたしは逃げるようにその場から離れた。