「なんだ?」
村の中を歩いている時、ガサリ、と茂みから音を聞いて、アスベルさんとわたしは足を止めた。
この村の中に、わたしたち以外の生き物はいないはずだ。わたしたちは静かに顔を見合わせる。
「……マリクさん、呼んできますか?」
「いや、教官を呼ぶのは音の正体が分かってからだ」
不確定要素で動いてもらうわけにはいかない、というアスベルさんに、確かにそうだとわたしも頷く。
たぶん、アスベルさんは、出来る事なら自分だけで何とかしたいという思いもあるのだろう。表面上は落ち着いているけど、どこか急いているように見える彼に、わたしはなるべく柔らかな声を意識して返した。
「どこへ行った……?」
「あっちじゃないかな? わたしの野生のカンがそう言ってる」
「なんだよそれ。」
ふは、と笑ってくれた彼に、少しだけ安心する。力を抜きすぎてもいけないけれど、力みすぎてもよくないからね。
わたしたちは警戒しながら集落の中を抜けて、用心しながら歩いていけば、近くの茂みから勢い良く何かが飛び出してきた。
「野犬? いや、狼か?」
「い、今のじゃよくわからないや……あっちに行ったみたいですよ?」
「よし。シオリはちゃんと俺の後ろにいろよ」
「はい」
もちろん。絶対離れてやるもんかと強く頷く。
わたしは離れて教官の所に報告に行くという手段もあったけれど、そのために一人行動をしろと言われてもできそうにない。
今の影だけでも十分怖くて、心臓がバクバクいってる。ホラーを見た後一人でトイレに行けないのと同じ感覚だ。理解してほしい。
影を追いかけて、集落の一番奥へと入っていく。
燃えても尚高い壁を残していた家に辿り着くと、そこで黒い何かが飛び越えようと動いているのが見えた。
無意識にアスベルさんの服の裾を掴んで近寄れば、それが狼……いや、それよりも暗く堅そうな物で全身を包んだ魔物だとわかって、恐怖からか心臓がドクンと脈打つ。
見た事の無い魔物なのか、アスベルさんも驚きの声を上げた。
「なんだ、こいつは!?」
その声を合図に、魔物が勢い良く飛びかかってきた。
すぐにアスベルさんは剣を構えたが、あっさりと吹き飛ばされてしまう。
「アスベルさん!」
「くっ……魔神剣!」
それでも吹き飛ばされた遠い位置から衝撃波を飛ばして、一瞬怯んだところを蹴りつける。
流れるような動きだが、相手は一瞬怯んだだけで全くダメージを食らっていないようだ。
「まさか、効いていないのか?」
わたしを後ろに隠しながら、アスベルさんは魔物を睨む。
わたしは動けなかった。足が震えて心臓がバクバクいってる。
どうしよう。怖い。
「大丈夫だ」
思わずぎゅっと目を瞑ると、ぽん、と、頭に何か暖かいものが触れたのがわかった。
目を開けばそれはアスベルさんの手で、彼は魔物の動きを警戒しながら、わたしの頭を撫でている。
「シオリは、俺が絶対に守る。だから大丈夫だ」
その声はやけに耳に響いた気がした。
強く真っ直ぐな目を魔物に向ける彼に、なんだか心臓が落ち着いていくのがわかって、わたしは「ありがとう」と小さく呟く。
それを確認して、アスベルさんの手はわたしから離れた。
再び剣を握る手には、確かな決意が感じられる。
「だから俺は、こんなところでやられるわけには!」
そう叫んだ瞬間だった。
「え?」
突然、アスベルさんの手が光り始めたのは。
その光は一瞬だけアスベルさんを包んで、その手に持つ刀身すらも輝かせる。次に彼が勢いよく魔物を引き裂いたとき、魔物が苦しそうに吠えた。
「効いてる? よし、シオリ! シオリは教官を呼んできてくれ!」
「わ、わかった!」
名前を呼ばれて、わたしは慌てて駆け出した。
未だに震えていたらしい足では上手く走れなかったが、それでも急いでマリクさんの元へ向かう。
まだ動いてくれる足に、わたしは泣き出しそうだった。