屋敷に戻って話を聞いてみると、明日またウォールブリッジ地下の遺跡へ行く事になったらしい。
どうやらあの遺跡を経由してウォールブリッジに入り、そこを足掛かりにリチャードさんが玉座を取り返す鷹飼が始まる、とのことだ。
バロニアが封鎖されていた理由が、王様の暗殺、ということ、らしい。リチャードさんの叔父であるセルディク大公が首謀者であるその反乱によって王都は封鎖。正式な王位継承者であるリチャードさんは追っ手を逃れてなんとか外に出てアスベルと再会し、ここ、グレルサイドから王位を取り戻すための声をあげた……というのが、わたしの知らなかったこれまでの物語である。
一応、わたしは一般人なので。グレルサイドでおとなしく待っていてもよかったのだけれど、なぜか王位奪還のその作戦でアスベル率いる遊撃隊の一人としてカウントされているらしい。
どうして、と焦ったけれど、どうしても人手が足りないというのと、リチャードさんの希望らしい。いったいなぜなのだ。おかげでわたしは今、緊張して眠れなくなっている。
リチャード殿下は民衆からの支持も厚いとのことだけれど、セルディク大公によって強制的に排除され、傷だらけで逃げ延びた、とあっては、当然ながら今は味方が少ない。デール公のもつ軍だけが、今の彼の味方だ。たぶん、ソフィの手を振り払ってしまった時、殺されそうになったことを思い出してしまったのだと思うけれど……そんな状況で、はたしてわたしは本当に力になれるのだろうか。
ソフィの姿は見えないし、パスカルは随分と大きなイビキをかいて寝ているので起こすわけにもいかず。わたしは一人、この落ち着かない気持ちをどうにかするために、屋敷の中を歩き回る事にした。
「わ」
ぼんやりと歩いていると、廊下の曲がり角で何かにぶつかる。
月明かりだけの廊下では何にぶつかったのかよくわからないけれど、とりあえず暖かかった気がしたので、たぶん人だろうなとあたりをつけて、頭を下げた。
「すみません、前を見てなくて……」
「シオリさん?」
「……あ、リチャードさんか。どうしたの?」
「これから夜風に当たりに行こうと思ってね。シオリさんは散歩かい?」
「まぁ、そんな感じです……」
そこで言葉が途切れて、どこか気まずい沈黙が訪れる。
ぶつかったのが知っている人でよかった、という気持ちはもちろんあるのだけれど。正直、何を話せばいいのかわからない。どうしてわたしのことをメンバーに数えたんですか、と聞くのは、「あなたの決定に異論があります」というのと同義だし。彼が優しい人なのはわかっているけれど、王子様相手にそう真っ向から食って掛かるのは、ちょっと不敬すぎる気もする。
けれど、だからといってこのまま彼をおいてはばかられて、わたしは小さく足踏みをした。
リチャードさんは意外にみんなに打ち解けている。といっても、アスベルとソフィとは友達で、パスカルが遠慮を知らない性格だからというが大きい。わたしも、まあ、人懐っこい方だとは思うけれど、どうしても友達の友達という感覚が強くて、そこまで打ち解けていない。
気まずいなぁ、いっそ不敬とか気にせず聞いちゃおうかな、と思っていれば、ふとリチャードさんが口を開いた。
「……アスベルは」
「え?」
「アスベルは、僕をこれからも友達として受け入れてくれるだろうか?」
いきなり何の話だ、と思うけれど。遠く、窓の外をぼんやりと眺める彼の横顔は、なんだかとても寂しそうに見えて、ゆっくりとまばたきをする。
「僕はこれから、叔父の軍勢とはいえ自国の民に剣を向ける。きっと色々な事をする。間違えるかもしれない。それでも彼は、僕を友達と呼んでくれるのだろうか?」
リチャードさんは、父親を殺して王位につき、更に自分を殺そうとした叔父、セルディク大公と戦う。
アスベルも……いや、わたしを含むみんなもその手伝いとして、明日ウォールブリッジに行く。
戦うために。次の王の座を取り戻すために。
そんな、まるで物語の中のようなことを、彼はこれから現実のこととして成し遂げなければならない。
だから、不安、なのだろう。彼は目の前に生きている人間で、決して物語の中の人間ではない。だから不安にもなるし、王様としてこれからいろんなことをしなければならない。偉い人だからこそ、これから正しいことも悪いこともするだろう。そうして、アスベルと違う意見をもった時、それでも友達でいてもらえるのか……まだまだ成長途中の等身大の男の子は、不安になってしまったのだろう。
「……大丈夫だよ。間違えたら、喧嘩はするかもしれないけど。アスベルはずっと、リチャードさんの友達だよ」
だからわたしはそう言った。
彼が、彼の道を歩けるように。
彼が「彼」を守れるように。
大丈夫だと。ずっと友達だよと。そう言った。
「……シオリさんも、友達になってはくれないかい? きっと、“いい理解者”になれる」
そう、不自然に言葉を強調した事に気付かないまま、わたしはわたしでよければ、とうなずく。
そうすればリチャードさんが嬉しそうに笑ったのが、僅かな明かりの中でもわかった。
「よし、では……シオリ。僕の事も呼び捨てにしてくれ」
「……ホンットみんな呼び捨て好きだよね。呼び捨て推奨委員会にでも入ってるの? あだ名は駄目?」
「あだ名だとどんなだい?」
「んー……虎祭兄貴なんてどう?」
ちょっと派手なあだ名が似合いそう。これならあんまり抵抗ないよ、と伝えれば、彼はきょとんとした後に、何故か思い切り笑い出した。
それはどこか気品のある笑い方だったけれど、ここまで笑われてしまうと、なんだか微妙な心境だ。
「す、すまない、しかし、それはどこかで流行ったのかい?」
「流行った記憶は無いですよーだ……わかったよ、じゃあリチャードね」
この呼び捨て推奨委員会め、と諦めて言えば、リチャードさ……リチャードは穏やかに笑ってうなずいた。
「ああ。……僕だと恥ずかしがってくれないんだね」
「ん?」
「なんでもないよ。さて、ではそろそろ行くよ。お休みシオリ」
「うん。お休みリチャード」
どうか、良い夢を。
そう手を振ってから、わたしはあれ、と変な感じがして首を傾げた。
今、わたし。ちゃんと彼の夢を、願えたんだっけ。