41.同じと、まだ気付かず

ウォールブリッジは南北に別れていてそれぞれが別々に動く橋になっている。
わたし達の目標は、王都へ続く北橋をあげてしまうことでセルディク大公の増援を無くし、南橋をあげて味方を中に入れる事だ。
まずは北橋を無事にあげて増援をなくすと、次に南橋制御室の鍵を探す。
それは恐らく、この中央塔にあるはずだ。真上にある階段に目を奪われながらも、丸い造りになっている部屋を用心深く探していくと、リチャードが歓声を上げる。

「あった、鍵だ! あれさえあれば……」
「誰かいる……」
「なに……っ」

ソフィの声に振り向いた瞬間だった。
階段の上から落ちるように剣を振り下ろした兵士が、リチャードの体を斜めに斬りつけたのは。

「リチャード!」
「……っ!」

どくん、と心臓が嫌な音を立てる。
切りつけられて白目を向くリチャードの顔が、体から零れる赤い液体が視界に入って、先程までの戦いとは比べものにならないくらい体が震える。
こわい。

「リチャード!!」
「大変!」
「やった……やったぞ! この手で王子を……!」
「ソフィ、パスカル、あいつを捕らえろ! 増援を呼ばれてしまう!」
「くっ!」
「リチャード! しっかりしてくれ! リチャード!!」

どくん。
一際大きく心臓が動いて、わたしは思わずリチャードの傍らに座り込むようにして駆け寄る。
傷が深い。血がいっぱい出てる。上から傷口を抑えて少しでも失血を止めようとするけれど、全然止まらない。

「……っ!?」

どくんどくんどくんどくんどくん。
リチャードの名前を呼ぶアスベルの声が遠い。体が震える。嫌な汗が背中を伝う。
こわい。
こわい。

びくり、と。
リチャードの体が動いて、ゆっくりと起き上がる。服についた血が滴るのが見えて、わたしは無意識に後退りをするけれど、リチャードはそれに気付かない。それどころか、まるで傷の痛みなど知らないとばかりにゆらりと立ち上がって……そして、パスカルとソフィによって拘束されている兵士へと、視線を合わせた。

「下種が……」
「リチャード……?」

低く唸るようにつぶやいて、ゆったりと手を伸ばす。
その手が伸びる先は例の兵士だ。彼はゆっくりとした動作で彼に近付いて、それから勢い良く掴みかかった。

「よくも……」

ぐいとそれを引っ張って。まるでごみを捨てるかのような雑さで机の上に兵士を放り投げる。
スラリと剣を抜くその目は……とても、冷たかった。

「この下種が!」

リチャードが勢い良く兵士に切りかかったのを見て、パスカルがサッとソフィの視界を自分の手で覆う。
わたしも目を逸らしたかった。でもそらせなかった。目の前で何度も何度も切るつける姿を、もう兵士がこと切れているのに止まらない手を、見ているしか、できない。
こわいのに、見たくないのに。
何度も、何度も、切りつける姿を。
呆然と見ているしか、できない。

「貴様が仕出かした事の報いだ! その身で思い知るがいい! この……! この!」
「リチャード……もういい、やめるんだ!」

アスベルも耐えきれないとばかりに声を張り上げて彼にしがみつく。
それでもリチャードは剣を止めない。
止まらない。

「まだだ……こんなんじゃない、僕が受けた痛みはこんなんじゃないぞ!」
「止めろ! リチャード!」
「僕に命令するな!」

強く叫んだリチャードに、一瞬、辺りが静まり返る。
その沈黙に、ようやくリチャードも冷静さが戻ってきたのだろう。彼はハッと辺りを見渡して……そして、信じられないという表情を浮かべた。

「リチャード……」
「僕は……一体何を……っごめんアスベル! 僕は……君にこんな事を言うつもりじゃ……うぐぅっ……!」

突然リチャードは体をくの字に曲げると、倒れるように机から降りる。
そのまましゃがみこんだ彼に、慌ててアスベルが駆け寄った。

「胸が苦しいのか? 大丈夫かリチャード!」
「平気だ……それよりも急いで南橋に向かおう。せっかく鍵も手に入った事だ」
「ああ、だがリチャード、さっきの傷は」
「僕ならなんともない。思ったより傷も浅かったようだ」

そう笑った彼に、思わずわたしとアスベルは顔を見合わせた。
あれはどう考えても大丈夫なわけがない。だってあんなに血が出ていて、わたしの手も、彼が出した血でこんなに、真っ赤に汚れてしまったのに。

「なんともないって……」
「あれほど血が……」
「ほんとだ。そんなに酷く無かったんだね」

ひょっこりとパスカルがリチャードの体を見てそう感想を漏らす。驚いて確認すれば、確かにその胸に傷は残っていなかった。
ほらね、と扉に向かうリチャードに、もう言葉はかけられない。
だって、だってそれは、まるで「わたし」のようだったから。
どうしてそっくりなのかと、聞くのはなんだか、とても怖かったから。

「アスベル、シオリ、何をしているんだ。早く門を開けよう!」
「あ、ああ、わかったよ」

何事もなかったかのように物語を進めるリチャードを、ただ見ているしかできなかった。