43.作戦を、終えて

「……強くなったな、アスベル」
「教官……」

荒い息のまま呟いたマリクさんに、アスベルも小さく呟く。
教官であるマリクさんを倒して、複雑な心境なのだろう。わたしだって、変な気分なのだ。ずっと彼に師事していた彼は、こうして敵として向き合うことになるなんて、木っと考えてもいなかったと思う。

「殿下! 公爵様から伝令です。砦を無事、制圧致しました!」
「これ以上足掻いても仕方ないようだ」

嬉しそうな声を上げて駆け寄ってきた兵士を見て、マリクさんはあっさりと武器を放り投げた。
負けたとわかったら、もう抵抗はしない。あまりにも潔い態度に、リチャードはほぅ、と笑って剣を抜く。
その剣を抜いた意味に気付いたアスベルは、それに慌てて彼の腕を掴んだ。

「往生際だけはいいようだな。感心だ」
「待ってくれ! 教官はリチャードが憎くて刃向かった訳じゃない。教官はリチャードの目指す国家に必要となる人だ。だから……」
「必要かそうでないかは僕が決める!」
「リチャ……っ!?」

どくん。
わたしも何かを言おうとして、奇妙に軋んだ胸に言葉を詰まらせた。
まただ。
リチャードが切られたときと同じように鳴った心臓に、思わず胸を押さえる。膝が震えて、立っていられなくなる。
けれどなんとか踏みとどまっていれば、なぜかリチャードも苦しそうにうめいて、そのままガクリと膝を折った。

「く……なんだこの感覚……」
「リチャード、どうした?」
「ちがう……僕は……!」
「リチャード!」

強く呼びかけたアスベルに、リチャードはゆっくりと立ち上がる。
その顔色は悪い。今にも倒そうな程に青白い。

「大丈夫だ……心配には及ばない……少し気分が優れないだけだ……」

けれど彼はそれ以上体を傾けることなく、すぐに毅然とした態度に戻る。
その姿に、何故だか不安が止まらない。

「この者達の処分は後で決める。とりあえず逃げないように砦のどこかへ放り込んでおけ」
「はっ」
「リチャード……?」
「……先にデールの所に行っている」

それだけを言って、リチャードは一人で歩き出した。
彼の姿が見えなくなってから、マリクさんは静かに息を吐き出す。

「……どうやらここが最期の場所ではなくなったようだな」

安心したのか、それともここで終われなかったことに何か思うことがあるのか。わからないけれど、そう小さくつぶやいた彼はゆっくりと立ち上がると、自分から兵士に拘束されて。
そうして、もうこれ以上攻撃はできないと証明してから、まっすぐにアスベルを見た。

「アスベル。卒業こそ叶わなかったが、お前はもう立派な騎士だ。殿下の力になってこの国を支えてやってくれ」
「教官……ありがとうございます。これもひとえに、これまでの教官のご指導のおかげです」

深々と頭を下げて、マリクさんを見送る。
それをしっかりと見てから、パスカルがそっと首を傾げた。

「あの人これからどうなるの?」
「敵味方に別れていたとはいえ、元は同じウィンドルの人間だ。酷いことにはならないだろう」
「そうだといいね……」

ぽつりと呟いてから、アスベルはわたしの方を見る。心配そうに見つめてくる目に首を傾げたけれど、そういえばさっき足をくじいたんだった、と思い出して、もう痛みを感じない足首を動かしてみた。

「シオリ、大丈夫か? さっき、怪我したみたいだったが……」
「大丈夫だよ。ソフィが治してくれたし。ほら、わたし治るの早いから」
「でも無理しちゃダメだよ? シオリってば最近前に出過ぎ。それよりさ、さっきちゃんと輝術使えたね! もうずっと後ろでいいんじゃない?」
「まだリチャードとの練習で一回成功しただけだったんだけどねー。でも良かった。わたしも後ろにいるつもりだったんだけど、なんかリチャードって守らなきゃいけない気がしてつい……」
「だからって……」
「それより、わたし達これからどうする? リチャードの所に行くの?」

まだ心配そうに見つめてくるアスベルに、わたしは笑って話をすり替えた。
どうにもアスベルは過保護だ。ソフィみたいに完全にスルーなのもどうかと思うけど、せめてパスカルみたいに流してくれればいいのに。

「あ、ああ、そうだな……確かデール公の所へ向かうと言っていたが……」
「シェリア……」
「え?」

ぽつりと橋の下を見ていたソフィが呟いた名前に、わたしたちはそろって視線を向ける。
彼女の視線はまだ橋の下に向けられたままだ。

「シェリアが下にいる」
「ほんとっ!?」

バッと身を乗り出して見れば、確かに下で倒れた兵士の間を走り回るふわふわの赤毛が見える。
……が、シェリアかまではわからない。
よく見えるなソフィ。とても視力が良くてうらやましい。

「下に降りて確認してみるか」

うん、と頷いて、わたし達は下を目指した。