45.ここに、いなくては

兵士の人にお願いして、マリクさん達がいるという塔の部屋に入れさせてもらう。彼がおとなしくしているからだろうか。特に監視などはなく、あっさりと通してもらえた。
部屋の中には先ほど戦った相手もいれば、こちらの味方である騎士団と思われる人もいる。それなりに人数がいるけれど、特に殺伐とした様子もなければお疲れ様、とばかりに朗らかな雰囲気がそこに流れていた。
目的の人はその奥の方で胡座をかいていて、名前を呼んで近付けば、少し驚いたように目を見張る。

「シオリか。どうした? わざわざこんな所に」
「いえ、その……王都に戻れなかった事で、心配おかけしてしまった事を謝ろうと思って」

すみませんでした、と頭を下げる。
そうすれば、マリクさんは怒るでもなく、軽く笑ってそうか、と肩をすくめた。

「別にいいさ。それより、怪我はしなかったか?」
「しなかったわけじゃないですけど、大丈夫です」

というか攻撃してきた人の台詞じゃないですよ、と笑えば、そうだなと返される。もう戦いが終わったからか、オーレンの森でよくしてくれた時の様子そのままだ。
オンオフがしっかりしてるんだな、と思いながら軽く経緯を説明すれば、タイミングも悪かったようだなと苦笑される。
それから、マリクさんは少し考えるように顎に手を当てて腕組みをした。

「……シオリ。お前はどうして、ここに来たんだ?」

質問の意図が、一瞬理解出来なかった。だって、彼に会いに来た理由は先ほど説明したばかりだから。
そして、ああ、聞きたいのは違うことか、と納得する。聞きたいのは、どうしてこうして戦っているのだ、ということだろう。わたしも思っていることだ。どうしてここで戦うことを選んだのか。彼が聞きたいのは、そのことだ。

「随分と戦えるようにはなったようだが、兵士でもない、一般人であるお前が戦争に参加する必要はないはずだ。そもそも、ウィンドルの人間なのかもわかっていないようだしな」

一部の記憶の欠落、混乱。この世界で誰もが知っている常識は知らないのに、まったく嚙み合わない別の知識を持っている。
何かの事件に巻き込まれて記憶が混乱しているのだろう、と判断されたわたしは、もちろんウィンドルの人間ではないだろうと、あの時点で認識されていた。
だからこそ、わかっているのだ。
わたしに、この場で戦う理由なんて何もないこと。国のために戦う必要もないし、戦場に生きているわけでもないこと。ちゃんと、わかっているのだ。だからこそ、どうしてここにいるのだと、彼は問いかけている。

……正直、わたしもわからない。改めて指摘されると、いくら人手不足だなんだと言われたからって、それに付き合う必要なんて全然ないなあ、と思う。
自分はこんなに面倒見がいいというか、物事に積極的に首を突っ込むよう人間でも無かったはずなのに、どうしてここにいるのだろう。

「……どうしてなのかは、正直わかりません。確かにいくら相手を愛すると決めても戦いなんて怖いし。弱いし、いい事なんてないけど」

傷の治りが早いから、どうせ死んだりしないだろう、と思っているから? だから、軽い気持ちでここにいる?
……ううん、違う。そんな軽い気持ちじゃない。だって、ここがとても恐ろしい場所であること、ちゃんとわかっているもの。怪我をしたらとても痛いってことも変わらない。何度も震えたし、怖かったし、逃げ出したかった。
でも……でも、わたし、そう。わたしが、ここにいるのは。

「ただ、わたしはここにいなくてはいけない。そう思っただけなんです」

そう。わたしは、ここにいないといけないって、思った。
ここで、そばにいないといけないって、思ったのだ。ここにいろと、「あの子」のそばにいろと、何かが強く強く叫んでいる気がして、わたしはそれに応えた。それが誰かわからないのに、そう思ってしまって、それに納得してしまって、わたしはここにいる、のだ。
どこか抽象的なその返事に、マリクさんはわたしをじっと見つめた。
わたしがこの世界に来たばかりの頃、騎士になるかとアスベルに問いかけた時と同じように、真っ直ぐに。

「……そうか。それがお前の意志なんだな」

やがてそう呟いたマリクさんは、自分を納得させるように一つ頷いた。

「なら何も言わん。だが死ぬなよ。オレは意外とお前を気に入ってるんだ。それこそ、お前に帰る場所が無いなら養子にしたいと思う程度にはな」

だから、と続ける。

「アスベルと一緒に帰って来い」

マリクさんにとって、わたしは見ず知らずの人であるはずなのに。
そう笑うマリクさんに、わたしも笑い返した。

「はい。行ってきます、マリクさん」