オーレンの森を抜けると、一気に視界が開けた。
近くにあるらしい茶畑の匂いが風で運ばれてくる。さらさらとゆれる自然はどこを見ても色鮮やかで、思わずほうっと息が漏れた。
空を見上げれば、青いだけのはずのそこに何か……機械? 道? よくわからない何かがあるのがわかる。もしかして、わたしはあそこから落ちてきたのだろうか。どうしてそんなところに? ううん、本当に、あそこにいたの?
ここが自分がいた場所ではないことをよりいっそう自覚して、自然と視線を落とした。
「どうかしたか? シオリ」
心配そうに声をかけられて、わたしは二人の方を向く。
地図を持ったまま、わたしを心配そうに見つめてくる視線に首をかしげて見せれば、彼も同じように首を傾げた。
「いや、なんかボーっとしてたみたいだから」
「ああいや、何でもないよ」
慌てて手を振れば、疲れたのか? とマリクさんまで心配してきた。
なんだ二人揃って心配性だな、と言いたいが、それはなんだか失礼な気がして止める。
「シオリはオレ達と違って鍛えてるわけではないからな。疲れが出て来たのだろう。この先に小屋がある。そこで、一度休むとするか」
「い、いいです大丈夫です! 気にしないでください!」
「オレが休みたいんだ。もうあまり若くないからな」
「はぁ……」
なんだか上手く言いくるめられた気がするが、確かに疲れてはいたので控えめに頷いた。
小屋近くの丘で少し休む事になって、並んで座る。風に揺られながら、その緑豊かな大地を眺めていれば、体だけじゃなく心も休まるような気がした。
少し離れたところで、マリクさんがアスベルさんと話しているのが聞こえてくる。
「時にアスベル、お前が騎士学校に来て何年だ?」
「はっ。もうすぐ七年になります」
「七年も騎士学校に通ってるの?」
「ああ。騎士学校の卒業は騎士になることだから。これくらい普通だよ」
うはぁ、騎士学校って凄いんだなぁ。素直に感心すれば、マリクさんも少し遠い目で景色に視線をずらした。
いつからアスベルさんの担任なのかは知らないけど、二人の親密さから言って数年は一緒だっただろう。感慨深いものでもあるのかもしれない。
「しかし、もうそんなになるのか。時がたつのは早いな」
「教官には多くの事を教えていただき、感謝しております」
「お前は確か領主の息子だったな。いずれは跡を継ぐつもりなのか?」
「それは……」
領主の息子?
また知らない新たな事実だ。でも質問をして話の腰を折るのもためらわれて、黙って話を聞くに留める。
……まぁ、王都に行ったら別れちゃうかもしれないのだし、あまり深くは詮索しないようにしよう。
「実はな……お前さえその気なら、騎士団に推薦しようと思うんだが」
「本当ですか!?」
「推薦と言っても形だけで、お前さえ承諾すればもう決まったようなものだ。お前はまだ荒削りではあるが十分使い物になるだろう。今日の実地任務を見て確信した」
「あ、アスベルさん凄い! 推薦だなんて、とるのスッゴい大変なのに」
「あ、ありがとうございます!」
黙っていようと思った直後だというのに、そんなことも忘れて思わずわたしも手を叩いて喜べば、アスベルさんも嬉しそうに頬を赤らめた。
「とはいえ……故郷の親御さんの事もあるだろう。よく相談してどうするか決めろ」
「相談の必要はありません。俺は……騎士団に人生をかけたいと思います」
マリクさんの言葉を遮るくらい素早く答えたアスベルさんを、マリクさんはジッと見つめる。
アスベルさんもそれに負けじと見つめ返して……しばらくして、マリクさんはフッと笑って肩をすくめた。
「……わかった。お前がそこまで言うのなら」
「よろしくお願いします!」
「よし、王都に戻ったら騎士就任の前祝いといこう。「タクティクス」は知っているな?」
「タクティクス……?」
また耳慣れない単語だ、と眉を顰めれば、アスベルさんがそっと教えてくれる。
なんだかお兄さんに色々教わっている気分だ。
「教官がよく行かれる酒場なんだ。ですよね、教官」
「そうだ。たまには景気良く盛り上がろうじゃないか」
「はい!」
酒場かぁ。
お酒、世界によって味って変わるのかな。好奇心がわいてきて、わたしも少し楽しみになって笑った。