60.嫌な予感が、ずっと

「皆さん! こっちです! おかしの要領で逃げてくださいよー!」

押さない、駆けない、喋らない。
なんだか懐かしい響きのそれを繰り返しながら、風車の近くにいる人達を中心に出口に誘導する。
戦闘はしない。そういうのは他の人たちの役目だ。わたしは剣を抜いても防御だけ。そもそもどちらの味方というわけでもないので、それ以上のことはしない。最優先は市民の安全、避難。
やがて近くに人がいなくなったのを確認して、ホッと息をつく。

「こっちはいいかな……? みんなの所に、わたしも……っ!?」

ドクン、と、心臓が跳ねた。
同時にラントを出た時みたいな酷い頭痛がして、カクンと膝から崩れ落ちる。
ガタガタと手が震えて頭が痛くて、心臓が体を突き破りそうなくらい鳴って、冷や汗がじっとりと浮かんだ。どうして、どうして急に、またこんな、痛い。

「っな……?」

ぼやけてしまった視界の中で、何かが強く光るのが見えた。
あれはアスベル達のいる、ラント邸の方角だ。
白い光と黒い光。ぶつかり合う大きな光に強く風を感じたが、不思議と飛ばされる事は無かった。

ドクンどくんドクンドクンどくんどくん

ううん、何もわからないのだ。頭が痛くて、視界がぼやけて、胸がどきどきして。それだけ。それ以上のことがわからない。
それなのに、体は勝手に動くのだ。ふらりと立ち上がる。ラント邸に向かう足取りはしっかりしている。
他の人たちは風に飛ばされないように踏ん張っているのが見えたけれど、ふらふらとした足取りでもそんな飛ばされるような心配は無い。

ドクンどくんドクンドクンどくんどくん

中庭が見えるとこまで来て、光の中心にいるのはソフィとリチャードだとわかった。二人は叫びながら光を発し、それをぶつけ合う。
ああ、ダメだ……“ソフィは危ない。”
思わず走り寄ろうとして、白い光が一層強くなるのがわかった。
慌てて進路を変えて、リチャードが吹き飛ばされた方角へ向かう。背中を強打してうずくまる彼に、なんだか胸が疼くのを感じた。

「くっ……」
「……リチャード」
「っ!?」

べしんっとリチャードの頬を叩く。
王様に何やってんだと思ったが、でもそれ以上に心が凪いでいて、わたしは淡々と言葉を紡いだ。

「アスベルを信じて、待っててよ。じゃなきゃ、“君は守れないでしょう?”」
「……シオリ、君は……」
「そのお怪我では無理です陛下!」
「うぅ……」
「全軍に告ぐ! 撤退だ!」

デール公によって運ばれたリチャードを見送ってから、ハッと我に返った。
いつの間にか頭痛は消えている。でも、自分が言った言葉の意味もわからなくて、なんだか胸騒ぎがして……嫌な予感が、わたしの中から消える事は無かった。