ラントに戻って領主邸の客室に入ると、待っていたヒューバートさんがシェリアを見て心底安心したように声を上げた。
それからすぐに軍人の顔に戻るが、腕を後ろに組んで下げた頭もどこか嬉しそうだ。
「シェリア! 無事で良かった……今回はぼくの管理不行き届きが原因です。申し訳ありませんでした」
「過ぎた事はもういいわ。それより……」
ちら、とヒューバートさんの傍らのベッドで眠る男性に目を向ける。
そこには、リチャードがラントを襲撃した際、それを報告に来た副官が寝そべっていた。
シェリア誘拐の犯人であるレイモンってこいつか。
シェリアはレイモンさんに近付くと、布団の隙間から見えたらしい怪我に息をのんだ。
「酷い傷……」
「追い詰められて発作的に自らを刺してしまったんです。なんて浅はかな真似を……」
「発作的に刺すとかそれ、別の意味で危ないんじゃ……」
発作的に自分を刺すだなんて、危ないにも程があるだろう。
そう言いたかったが、誰もそんな事は気にしていないようだったし、シェリアがいつも怪我人に向けるように笑ったのを見て口を噤む。
彼女はレイモンさんに声をかけて、そっと手をかざした。
「もう大丈夫ですよ。今治療しますからね」
「あなたは……」
「……これで後はしばらく安静にしていれば良くなるでしょう」
光が消えた後にもう一度笑うシェリアに、レイモンさんは信じられないとばかりに目を見開いた。
当然だろう。普通なら「当然の罰ね」と言って放置したっておかしくない。だが当の本人は緩く首を振るだけだ。
「私はあなたに酷い事をしたんですよ。一体どういうつもりで……」
「もうその事はお互い忘れましょう」
「あなた……」
「これからは無茶な事はしないでくださいね」
「は、はい……わかり……ました……」
あ、落ちたな。
惚けたような声を出したレイモンさんに一人笑いを噛みしめる。
「では俺達は予定通り親書を届けにストラタへ行こう。……シェリアもついてきてくれるか?」
「あ、うん、もちろん!」
「シオリもついてくるよな?」
「やることないしね」
「よ〜し、それじゃ、しゅっぱ〜つ!」
「あ、ちょっと待ってください」
パスカルと、そして彼女の真似をしてソフィが片手を上げて言うやいなや、ヒューバートさんがそれを遮った。
真っ直ぐにアスベルに近付いて、すっと何かを差し出す。手の中に納まる程度らしいそれを受け取って、アスベルは首を傾げた。
「これを。広場で渡そうと思っていたんですが、あんな騒ぎになっていて渡せなくて……」
「ん?なんだ?この袋は?」
「……別に、大した物じゃありません。ただの……御守りです」
御守り。
そう聞いて、アスベルは嬉しそうに弟を見た。わたしが知る限りではギクシャクしていた弟から御守りを貰って、素直に嬉しいのだろう。
そんな兄の姿にヒューバートさんは少し頬を赤らめると、すぐに取り繕うように眼鏡を押し上げた。
「さあさあ、行くなら早く行ってください!」
「ああ、行ってくるよヒューバート」
早くと急かす弟に笑いかけて、アスベル達は部屋を出て行く。
わたしは最後尾として進むと、ぼそりとヒューバートさんが呟くのが聞こえた。
「……気を付けて」
思わず足を止めてヒューバートさんを見つめてしまう。
ぼそりと呟いたそれは、兄を心配する弟そのものでしかない。なんだかんだ仲良しみたいだ、と、なんとなく嬉しくなって頬が緩んでしまう。
そのまま見ていれば目が合ってしまって、彼は慌てて眼鏡を押し上げた。
「な、なんですか」
「あ、いえ。伝えておきますね。気を付けてって」
「そ、そんな事言っていません! ほら、あなたも早く行きなさい!」
きっと彼は照れ屋なのだろう。
七年前、大きな事件があって、それからいろんなことがあって。一緒に冒険をしたという子供たちは、みんなバラバラになってしまっていたみたいだけれど。
でも、今、こうして見る限り。きっとみんな、変わってなんていないのだ。状況が変わっても、立場が変わっても。一緒に冒険しようと駆け出した時に彼らを繋いでいた気持ちは、きっと変わっていない。
……きっと、リチャードだって、変わっていない。
いいな、そういうの。とっても素敵だ。こっそりと笑って、わたしはみんなの後を追いかけた。