雨が降る。寒い。冷たい。痛い。
それでもどこか体は熱くて、何かがせりあがってくるような感覚があって。窒素してしまいそうな何かに、とても泣きたくなって。
聞こえる泣き声が、愛しくて。悲しくて。……欲しくて。
ああ、そう、わたし、なりたかったの。なってみたかったの。
君を照らす、小さな……
「シオリ、起きた?」
優しく落ちてきた声に、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
青を基調とした見知らぬ部屋が見えて、それからわたしを見るシェリアが視界に入った。
彼女が優しくわたしの頭を撫でていることに、ようやく自分がベッドで横たわっている事に気付く。
どうしてベッドで寝ているんだろう。起き上がりながらぼんやり考える。
そう、確か、ロックガガンの中からなんとか出ることができて。そうしたら、急に暑いのとか眩しいのとかが戻ってきて、ついでに、頭がすごく痛くって、立っていられなくって……
「シェリア……?」
「ここはユ・リベルテの宿屋よ。ロックガガンから出た後、あなたそのまま倒れたのよ。熱中症ですって」
「あー……なんか、ごめん。迷惑かけたね」
「……アスベルは怒ってたわよ。また無理してって。よっぽどシオリが心配なのね」
状況を確認しているところに聞こえて来たシェリアの暗い声に、ぐっと息がつまる。
シェリアは多分、アスベルの事が好きだ。恋愛的な意味で、好きなのだと思う。それくらい見ていればわかるし、可愛らしい恋は実ってほしいと思う。
けれど、そうすると。こうして何かと気にかけてもらってしまっているわたしに嫉妬しているかもしれない……なんて。思い上がりも甚だしいかもしれないけど、そんなことを思ってしまう。だって、恋する乙女という名の狂戦士には細かいことなんて関係ないし。あれはもうわたしを小さい子か何かと思って、保護者面されていると言った方が正しいと思うけれど、気にかけてもらっている、というのは事実だ。
どうしよう。変な勘違いされていたら。確認するのも藪蛇な気がするし、シェリアの声が怖く感じて、更にアスベルにまた怒られるのではないかという予感もしてきて、わたしはもうどうにでもなれ、という気持ちで視線を逸らした。
「ま、また怒られるかな……でも今回は仕方ないと思うんだけどなぁ〜……」
「……とりあえず、みんなの所にいきましょうか。今はみんな大統領政府にいるわ。その間の事も話してあげる」
さて。ここで、わたしの知らなかったラントと、アスベルとヒューバートさんの事情が明かされてくる。
まず、ヒューバートさん率いるストラタ軍がラントへ来たのは、ストラタの大輝石の不調を補う為に、ウィンドルで採れる輝石をストラタに流してもらうためらしい。
そもそも大輝石というのは、ウィンドル、ストラタ、フェンデルの各国に存在している、輝術を使うときにも使用する原素……生命の源とも呼ばれるとても大事な力を内包した大きな輝石のことだ。小さい輝石でも、輝石の産出量が多いところは豊かに、少ないところは厳しい暮らしを余儀なくされるくらい、重要なもの。
その大輝石が不調になった、となれば、自然現象に大きな影響が出るのは避けられない。実際、ストラタは今気温が上がったり水位が下がったりと、地球温暖化みたいな事が起こってしまっているそうだ。
だからこそ、ラントから産出される輝石をストラタは欲しがって、ウィンドルも大事な輝石を他国に奪われてなるものかと思っていて……戦争を起こすには十分な条件がそろってしまっている、ということである。
もちろん、そんなことにさせないために、アスベルたちはここに来た。今はヒューバートさんが「ラント侵攻した」と思われない程度に双方の意見を取り持ってうまく統治してくれているけれど、彼がラントから出てしまえば、ストラタの意見がそのまま通ることになってしまう。それはウィンドルに敵対する行為になってしまうし、ラントの領民だってそんなことは望んでいない。
結局、この問題を解決するには、ストラタの大輝石をどうにかするしかない。そして幸いなことに、パスカルが大輝石についてそれなりに詳しい、ということで、パスカルが描いた絵を持って、大輝石を調査させてくれと大統領の元に行っている……というのが、わたしが寝ている間に起きた話である。
それから、大統領はセイブル・イゾレで会ったあの渋いおじ様で、御守りは元々砂状の輝石を見つけられなかった幼いアスベルが渡した物だったとか、イベント盛り沢山だったらしい。
何故気絶なんかしたんだと、ちょっと自分を責めたくなる。
と、わたし達が大統領政府に入ると、ちょうどアスベルが部屋から出て来るところだった。
「シオリ! もう平気なのか?」
「あ、うん、一応。シェリアから聞いたけど、大統領とのお話はどうだったの?」
「パスカルの絵を見せたら大統領が関心を持ってくれて、これからすぐに大輝石の調査に行く事になった」
「それはよかった!」
「パスカルのおかげでなんとか首が繋がった感じだ。ありがとう」
「いいよいいよ、あたしだってストラタの大輝石見れるの楽しみだしね。で、大輝石はどこに?」
「西の砂漠にある遺跡の中らしい」
「あ、あー……じゃあわたし、ここで待ってていいかな?」
話の腰を折るようで悪いけれど、わたしは小さく手を挙げてそう言葉を発する。
え、とみんなの視線が集まるのはちょっとびっくりするけれど、仕方がない。わたしだって、ちゃんと自分の限界はわかっているのだ。……無茶はなるべくしないって、約束もしたしね。
「正直、まだ本調子じゃないからさ。この状態で砂漠なんて歩ける気がしないし、迷惑かけるわけにもいかないから、おとなしくユ・リベルテで待ってるよ」
「……大丈夫なのか?」
「うん」
「……わかった」
今になって、思う。
わたしはこの時、ちゃんと笑い返せたのかな、なんて。
「いってらっしゃい」
だって、そう返した時の彼の顔は、どこか辛そうに見えたから。