10.酒場にて、考えること

「それでは、アスベル・ラントの正規騎士就任とその活躍を祈って……剣と風の導きを!」
「剣と風の導きを!」
「け、剣と風の導きを……?」

タクティクスは、落ち着いた雰囲気の酒場だった。
確かにマリクさんみたいな人にはよく似合うだろう。常連だという情報もうなずける。
そこのカウンターに三人で並んで、コップを高く掲げた。
この“剣と風の導きを”というのはウィンドルでは合言葉的な物らしい。ここでは定番の掛け声なのだとか。それを口にしてからお酒を飲めば、思った以上においしいそれにぱっと頬が緩む。

「ありがとうございます教官! 今後とも、よろしくご指導お願いいたします!」
「今日は無礼講だ。どんどんやってくれ」
「あ、このお酒美味しい」
「そうだろう。オレのオススメだ」
「俺……早く一人前になって、もっと強くなりたいんです」

お酒の感想を述べていると、アスベルさんが突然そう呟いた。
その目はどこか遠くを見ていたけれど、この短時間でお酒が回ってしまったわけではないだろう。彼が飲んでいたのはお酒じゃないし、間違いない。
きっと、見ているのは彼が言う「守りたいもの」なのだろう。彼はどうにも、ずっと遠いところにある何かを見ている気がする。

「何事も焦ってはいい結果を生まない」
「ですが、ぼやぼやしている間に大切なものを失うかもしれない、そう思うと……故郷を出る時に誓ったんです。もう誰も失いたくない……その為に強くなるって」
「誰かを守る強さ、か……」

大切なものを守る。
それはとても難しい事だ。とってもとっても難しいこと。
その考えに手を引かれるように、わたしにも守りたかった物があっただろうかと考えてみる。
家族や友達、好きなもの。確かに沢山あったけど、でもそれは「わたしを守るもの」だった。そういえば元の世界にいるだろう家族達はどうしているだろうか。
わたしは、みんなのところに帰ることができるのだろうか。わたしは……どうやって、ここに来たのだろう。どうして、その時のことを何も覚えていないのだろう。
わたしは、どうして。

「大丈夫だよ」

落ち込みそうになる気持ちを引き留める様に、わたしは呟く。
会話は聞いていないが、二人の会話が丁度終わったあたりだったらしい。視線が二つ集まるのを感じて、わたしは取り繕うように笑ってみせた。

「アスベルさんが、ずっとその思いを忘れないでいたなら、きっと大丈夫だよ。根拠はないけどね」

ちゃんと、笑えただろうか。
ちゃんと、わたしだろうか。
考えないように考えないようにして、笑っていれば、アスベルさんは柔らかく笑い返してくれた。

「……ありがとう、シオリ」
「よしアスベル、これはお前の為の宴だ。たくさん食えよ」
「……はい!」

わからない事は考えない。
今は、考えない。