82.黒衣の、番人

「ば、ばかな……こんなはずは……!」
「さあ、決着はつきました。ぼく達は戻りましょう……そういえばぼく達が勝った場合どうするか決めていませんでしたね。せっかくですからそこの方の身柄を解放してもらましょうか。そこの方、あなたはもう自由の身になったようですよ。ぼく達と一緒に来ませんか?」
「くそ、こうなったら」

勝負は終わったのだから、と自然な流れで密偵を回収しようとしたヒューバートさんだったが、相手の上官はまだ諦めていないようだ。彼は急に銃を構えたかと思うと、そのまま拘束されている女性軍人へと銃口を向ける。
おそらく、「お前も道連れじゃー!」みたいな感情なのだろう。だがそんなことをされては困る。そもそもこの闘技場での戦いは命まで奪わない。慌てて止めに行こうとして、それより先に観戦していたマリクさんが声を張り上げた。

「止めろ、決着がついた後で再び銃を構えるのはここの掟に反する。そんなことをすると……」
「もう遅いようですよ……」

バサリ。ヒューバートさんの言葉に応えるように、黒衣をはためかせて、長身の……たぶん男……が上官の前に降り立つ。
どこから降りてきたのか知らないが、彼を見て上官がその動きを止めた……二つの、意味で。

「お前は……」

上官がそれだけを呟いて、どうと倒れ伏したのだ。
素早い身のこなしで、黒衣の人が彼を斬りつけたのである。全然見えなかった。躊躇もなにもなかった。その姿に思わず息をのんだのはわたしだけではなく、アスベルも呆然と呟いた。

「凄まじい身のこなしだ」
「誰、あの黒い人」
「ライオットピークの番人、この地を目指す者達が目標とする人物でもあります」
「あの男はここの掟を破った。故に制裁を加えられたのだ」
「ぼく達には何も非はありません。安心して戻れますよ」

淡々と説明するヒューバートさんとマリクさんに、だが黒衣の番人は何も言わずにその横を通り過ぎて行った。
本当にわたし達に攻撃する気はないらしい。
代わりに、それと入れ替わるように女性軍人がこちらに駆け寄ってきて、頭を下げる形でヒューバートさんにひそひそと話しかけた。

「お手数おかけして申し訳ありません」
「さっそくで申し訳ありませんが、フェンデルへ渡れるよう準備していただけますか」
「わかりました。準備が整ったらフェンデル船の所までお越し下さい」